第3話 カレーなる一族
「おじさん!」
その場にいるのはほとんどオジサンだったために、少女のものと思われる呼びかけに一斉に振り向いた。
注目を浴びてうろたえているのは、実際には偽少女であり、ドワーフの成人女性であるドワ子であった。
あたふたしている彼女に、だが近づいて声をかけるのは彼女と同族、ただし男性のドワーフだった。
「おう、アリエル。仕事中か?」
「うん、そっちは?」
「俺はちょっと向こうの倉庫で空きが出たんでな。出向いてできれば手に入れたい。それはそうと、いつものあのでっかいのはどうした? まさか逃げられたか?」
きょろきょろとあたりを見回すドワーフ男性。
もちろん同族のほとんどがその姿なのだが低い身長、蓄えた長いひげ、そして豊かな胴回りだ。
見た目で年齢を推し量ることが難しいのが種族の特徴だが、成人のドワ子がおじさんという以上はそれなりに年齢を重ねているとわかる。
彼の名はカスク・シルバーバーグ。
とはいえ、仲が悪いわけではない。
それなりの規模である実家、シルバーバーグ商会で、直接営業に関わらず裏方を担当する叔父は、その分いつも居所が定まっており、小さい時から相談相手として最適で、本人も思慮深く誠実な好人物なのだ。
「ここっす、ここ……視線を下げるっすよ」
思いもよらない方向から聞こえた声の方を見て、カスクは元々丸っこい目を大きく見開いた。
「こりゃたまげた、ずいぶん縮んだな。マルコ、お前も元気そう……なのか?」
「元気っすよ。サイズ調整自由になったっす」
ぴょ~んぴょ~んと飛び跳ねながら返事する丸いヤタガラス。
人が多いこの場所で気を使って小さくなっているのだが、むしろボールと間違われて蹴とばされないか心配になるベストサイズである。
もちろん、たとえ宇宙鉄人298号に全力で蹴とばされてもダメージは無いぐらい頑丈なのだが、それは見た目ではわからない。
サッカーボールサイズのゆるキャラ、それが公平な評価だろう。
「そうか……順調そうで何よりだな」
カスクは、ドワ子が家を出て個人で運送業者をやるというのを応援してくれた人だ。
両親と合わせて彼の応援が無ければ、今頃不満を貯めながらスーツ姿でド星を走り回ってルート営業をさせられていた可能性もあった。
「せっかく珍しいところで会ったんだし、昼飯一緒に食わねえか? バリーも一緒なんだ」
「え? そうなんだ。珍しい」
バリーは、カスクの息子で整備士をやっている。
ドワ子にとっては同年代のいとこで、ドワ子と同じく祖母の、人間の血が出たのかドワーフらしくないスリムな体型だ。
そのため小さいときはよく一緒に行動しており、身近な親戚の一人だ。
長じてからは、そのスリムな体型を利用して、細かいところに手が届く整備士としてカスクの元で活躍している。
当然、普段はド星を出ることが無く、こんなところにいるのは珍しい。
なお、バリーは愛称で、本名は父親にちなんだのか
「呼びに行くから先に行っててくれ。中ー2の大食堂でいいだろう?」
「うん、席取っておくね」
中継ステーションは、人間やドワーフの宇宙船が停泊する『大』区画、幻獣や宇宙生物使いの立ち寄る『小』区画、その中間の大きさの『中』区画で構成される、大中小のドームが一列に連結した形をしている。
時期によってアクティブなステーションと休止ステーションが入れ替わるのだが、混乱を避けるために構造は全てで共通となっている。
今ドワ子たちが立ち話していたのが大小のドームを直線で結んだ線上にある中ー0区画。
そして、その両脇にある中ー1区画と中ー2区画のうち、慣例的に中ー1区画は人間の船員がたまり場にしており、ドワーフその他は中ー2を使うことが多い。
低重力のステーション内をぴょ~んびょ~んと飛び跳ねて移動するサッカーボールは楽しそうだ。
今までは体が大きかったために飛び跳ねるわけにはいかず、5本の足でちょこちょこ歩いて移動していたので、むしろ移動速度が上がっている。
速さこそ正義、な宇宙ヤタガラスとしては満足なのだろう。
中ー2区画の大食堂は、一見すると様々な外見の種族がいるため雑多に見え、混んでいると錯覚しがちだが、空き席を見つけるのは難しくなかった。
「あ、今日の日替わりはカレーか……私はこれにしようかな」
「カレーっすか、僕もカレーにするっす」
メニューを見て、すぐに注文は決まるものの、先に注文するわけにはいかない。
ステーションの大食堂は忙しい船乗りのためのものなので注文すればすぐに料理が出てくる。
冷めてもカレーはおいしいが、温かいカレーと比べ物になるものではないのだ。
しばらくメニューを眺めながらドワ子とマルコは叔父たちを待つ。
「あ……でも、この『エウロパ養殖うなぎのうな重』も捨てがたいなあ」
「あれ食うっすか?」
「かば焼きになったら見た目なんて気にならないわよ」
地球のうなぎと異なり、エウロパうなぎはちょっと見た目がグロテスクだ。
どちらかというと、創作に出てくるワームという怪物に似ており、カパっと大きく開いた口が顔の代わりについており、あまり食欲が湧く見た目をしていない。
だが、ドワ子はそういう細かいことは気にしない。
昔は食料が乏しかったド星のドワーフの『食えるものは食う』という伝統と、日本人気質な祖母の『もったいない』精神が融合した結果として、良く言えばおおらか、悪く言えばテキトーなドワーフ娘が形成されることになったのだ。
その精神は甘やかされて生活している宇宙ヤタガラスにとっては同意できないでいる。
「あ、こっちこっち」
「おう」
「久しぶり、アリー」
向こうからカスクがやってくる。
相変わらずドワーフにしてはスリムで、今は作業服に身を包んだバリーが後に続いている。
ドワ子を『アリー』と呼ぶのはバリーだけだ。
両親も他の親戚も本名の『アリエル』呼びが基本になっている。
一同が合流して、まずは注文を、ということになる。
「へえ、日替わりはカレーか……じゃあやめておくか」
「どうして? バリーも好きだったじゃない」
「今回はおじいちゃんのところに行く予定だから」
「そうなんだ……」
「しばらく会ってないし、ちょうどいい機会だから」
確かにド星から出ることが少ない彼は、地球で住む祖父母に会う機会が取れないのも分かる。
聞けば今回は3年ぶりだそうだ。
「ああ、そうだとすると知らないか……おばあちゃん、最近あんまりカレー作ってくれないのよ」
「え? そうなの?」
「うん、ちょっと油が重いって」
「そうなんだ……」
ちょっと雰囲気が沈む。
ドワーフに比べて寿命の短い人間である祖母の衰えが目に見えるのは、いずれ来る別れの時が想像できて落ち込んでしまう。
「でも、体は元気だよ。ちょっと食べ物の好みが変わったってぐらい」
「そうか……まあ、しょうがないよね。じゃあ、僕はカレーで」
「俺もカレー特盛」
「私もカレーにするわ。もちろん普通盛りで」
「僕もカレーにするっす」
ということで、一族+カラスは全員でカレーを注文することになった。
「ところで、この小さいの何?」
「カアァッ、この小僧はいつもいつも……」
なぜかマルコとバリーは仲が悪い。
正しくはマルコが一方的にバリーに嚙みついているのだ。
くちばしでは嚙みつけないが……
ドワ子と一緒にバリーに会ったときは、いつも無駄に体当たりして押しのけようとする。
「マルコが進化してサイズ調整できるようになったの」
「へえ、なかなか……」
蹴り飛ばしやすそうなサイズだね。
その言葉は食堂に大惨事が巻き起こることが予想され、バリーが発することはなかった。
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