第4話 特攻トラック野郎A1番
ドワ子一行は、カレーを腹に詰め込んだ後もその場に残って談笑している。
他の客のために席を空ける、などということは無用だ。
大食堂は休憩所も兼ねているし、今は席に余裕がある。
ふと、何かに気づいたという風にカスクが尋ねる。
「そういや、宿はどうするんだ? アリエル」
「うん、いつもの休憩室があるから、そこで泊まるつもり」
その身一つ、あるいは幻獣や宇宙動物と共に移動する個人輸送業者向けに、ステーションの小ドームには簡易宿泊所が設けられている。
これまではマルコのために小さい部屋を借りて泊っていたのだが、今回からは上下に寝台が並んでいるカプセルホテルタイプの部屋でもいいかもしれない。
小柄なドワーフ娘と小型化したマルコならそれでも余裕のはずだ。
「ああ、いっそのこと今日はこっちに来ねえか?」
「そうね……」
今回は到着して気づいたが顔見知りの同業者があまりいない。
遅れてベイズもやってくるだろうから、ちょっかいを掛けられないように小ドームには出発まで戻らないというのは良い考えに思えた。
「うん、そうさせてもらうわ。今回は何で来てるの?」
「エーイチだな」
「あんなものを引っ張り出してきたの?」
「だって他に使える船は全部で払ってるじゃねえか」
「それもそうね……でも、ちゃんと動いたの?」
「俺が同乗してるから大丈夫だよ」
しばらく使っていない老朽船。
だからこそバリーが同乗して調子を見ながらだましだましここまで来たのだという。
「そうか、それにしても……」
「懐かしいだろ?」
「まあね」
叔父の言葉に苦笑しながらドワ子が答える。
確かにあの船には思い出もあるし、懐かしさを感じる。
エーイチ。
シルバーバーグの始まりの船であり、今となってはサイズも速力も、そして設備も劣るためにとっくの昔にスクラップになっていてもおかしくない船だ。
それを現在まで残してあるのは、一種のトロフィー、あるいは社訓の代わりだろうか。
「いくら会社が傾いてすべてを失っても、俺たちシルバーバーグは裸一貫、この船で再度立ち上がることができる。だから果敢に勇気をもって業務に邁進せよ」ということらしい。
地球でも、実用性が無くなった木造帆船のヴィクトワ……いやHMSヴィクトリー号が永久保存されているのと似たようなことかもしれない。
「今回整備中に見たら、あの秘密基地まだ残ってたよ」
「え? そうなの……さすがにつぶしたよね?」
「いや、そのままにしてある。だから楽しみにしておいて」
「秘密基地? なんか魅力的な響きっす」
子供のころのバリーとの遊び場であったエーイチ内の秘密基地が残っているのがドワ子には驚きだったが、それにも増してマルコが食いついたのが意外だった。
もしかして彼の「チューニ」心に火が付いたのかもしれない。
なお、マルコは宇宙標準齢満二歳なので、間違いなく「宙二」真っただ中である。
やたら行く気になっているマルコに後を押されるように、一同は食器を返却して移動する。
中―2区画から中―0区画に踏み入ると、一気に人口密度が高くなる。
何やら商談めいた雰囲気の立ち話をしているのやら、単に仲間内で楽しく騒いでいるのがいて、遠くから大声が聞こえてくるのは何かのもめごとだろうか?
だが、中継ステーションは警備隊が配備されているので心配する必要はないだろう。
エアロックになっている関係で小さな連絡扉を抜けると、そこは巨大な空間になっている。
大型ドーム区画で、様々な宇宙船が並んでいる。
床に直置きになっているのは小型、中型の船が中心で、大型以上の船はドームの上空に張り出した鉄骨に係留されている。
ついこの間、休止中のステーションの大型区画がスライムに食い荒らされた姿を見ているドワ子とマルコだが、このステーションはそれとは違い、雑多だがすべての機能が生きており、それが調和して一つの巨大な絵画を見ているようだった。
「ちょっと遠くになっちまったんだがな」
言い訳をしながら足を進めていくカスク叔父。
その後をついていくドワ子とバリー。
さすがに物が多くて危ないということで、マルコはドワ子の腕の中で抱えられている。
気のせいか、毛並みがつやつやしているように見えるのは期待感の表れか。
中小の船の間を進んでいくと、向こうの方に見慣れた姿が見える。
昔ながらの魚骨型コンテナ船。
今の船だと大コンテナ仕様が普通だが、時代遅れの中コンテナ船。
船首側に操縦、居住区画のふくらみがあって、その後ろに一本の骨。
コンテナをオープン状態で保持する枝付きの貨物区画だ。
エーワンは本来前に4つ、後ろに4つで合計8つの中型コンテナを保持できるはずだが、今ついているのは前の4つだけだ。
とはいえ、コンテナがついていることがドワ子には意外だった。
「あれ? なんか運んでるの?」
「ああ、向こうに在庫を置いておこうってことになって、先行してサンプルだけ運んでるんだ。せいぜい中コン2つ分だから調子が悪くても負担じゃねえしな」
「でも4つ……ああ、バランスが悪いのね」
ドワ子は船尾に目をやりつつ納得した。
旧式の船尾噴射式は、新しい船首噴射式に比べて安定性が悪い。
当時は精密な噴射方向制御ができなかったのでそれしか方法が無かったのだ。
今の方式は船首部分から四方に伸びたブームの先のエンジンから噴射するのだが、これは精密な噴射方向制御技術が必要になる。
なにせ噴射炎がコンテナにぶつかってしまうと荷物の劣化や破損、最悪はコンテナ溶解という大事故を起こしてしまうのだ。
何もない空間に噴射することが当時の技術で最適だったのはわかる。
とはいえ、重いコンテナを「引っ張る」現代式に対して、「押す」船尾式は安定度が悪いのは仕方ない。
今では船尾噴射式など見ることはまずない。
名称こそ魚骨型のままだが、今のコンテナ船には尻尾が無いのだった。
船首の横に大きく書かれた「シルバーバーグ商会所属A―1」と書かれた船名を横に見ながら、一同は入口に向かう。
商会船は所属によってA、B、C……と分けられ、それぞれ1から順番に番号が振られている。
すなわち、「A―1」とはまさしく最初の船であり、ポンコツでめったに動かさないとはいえシルバーバーグ商会の旗艦でもある。
かつて、最新式の大型コンテナ船にA―1の船名を譲るという話があったが、一族の圧倒的な反対によって立ち消えになったこともあったぐらいだ。
「帰ったぞ」
「おかえりなさいデス」
「お邪魔します」
「あ、お嬢じゃないデスか、こちらにはお仕事で?」
「うん、中―0で叔父さんに偶然会って……」
「そうですか、お元気そうで何よりデス」
「ライオさんもいつも大変ね」
「いえいえ……」
中から出迎えたのは体の大きな虎の頭をした獣人だった。
シルバーバーグ商会の社員で、名前をライオという。
今も普段のトレードマークの両腕を露出した服装だ。
全身が毛で覆われているため、そうしていると腕が太く見え、いかにも強そうな見た目になる。
むろん、虎獣人であるからには弱いわけではないのだが、実はライオはそれほど争いが得意な性格ではない。
それでも、その見た目だけでも面倒ごとを避けられるということで、いつも商会幹部のボディーガードとして忙しくしている。
「そういえば、宇宙船の操縦できたっけ……」
「ええ、ですから今回はこの場の3人で……」
話しながらなじみ深い船内に足を踏み入れる。
ドワ子の懐からマルコがぴょーんと飛び出して宙に踊った。
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