第2話 スズメとカラスのレース
「いやあ、楽だわ、やっぱり」
「感謝するっす」
「うんうん、感謝してるよ」
「って抱き着かれるのはちょっと嫌っす」
抱き上げられるのはおとなしいく従うのだが、このカラスはドワ子の全力の抱き着きはあまりお気に召さない様子で暴れている。
当人同士は気づいていないが、片や月が落ちてきても潰れないと称されたドワーフの娘、片や寿命さえ定かではない謎生物のじゃれ合いだから、どちらかが別の誰かだった場合は周辺がレッドカーペットになってしまう。
当然、その上を歩いてくるのはスターではなく警察関係者だろうが、ともかくこの二人だからこそのやり取りということが言えるだろう。
ここは柔らかい球体の中。
少し前にマルコが作ることのできるようになった外殻型の分身の中。
名前がないのは寂しいとドワ子が名付けた『
なお、大丸は『大きいマルコ』の略らしい。
今まではマルコの縦だか横だかわからん体の、多分背中あたりにしがみついて宇宙に飛び出していたドワ子で、それは別に苦ではなかったのだが、こうして一度楽を覚えると元の生活に戻れない。
実際には分身を操作しているからそんなはずはないのだが、小さくなったマルコもくつろいだ様子でコロコロ転がっている。
ふと、寝落ちしてしまいそうになり、ドワ子は頭を振って眠気を吹き飛ばす。
「別に寝ててもいいっすよ。今回使う中継ステーションまでは迷うところないっすから」
「そういうわけにもいかないよ。仕事を請け負ったのは私なんだから」
現在の場所は、ド星を出てアステロイドベルトの中継ステーションまでの道中。
いわゆるメインラインと呼ばれる地球とド星の交易路だ。
地球とド星の位置関係が常に変化し続けているので、円周上に広がったアステロイドベルトのどこを通るかは時期によって変わる。
そのためアステロイドベルト内には複数の中継ステーションが円周上に用意され、その時のメインラインに近いものが使用され、そうでないステーションは休止されることになる。
少し前に、ドワ子とマルコはそうした休止ステーションでの事件に遭遇しており、大丸を出すことができるようになったのもその時だ。
「マルコ、缶コーヒーくれる?」
「ちょっと待つっす……はい、無糖でいいっすね?」
「ありがと」
ドワ子はブラックの缶コーヒーを受け取ると、プルタブを開けて一口飲む。
心なしか眠気が薄れた……気がする。
まあ、こういうのは気分の問題でもあるのだろう。
ふと、ドワ子はあることを思い出した。
「ねえ、マルコはコーヒーとか飲まないの?」
「うーん、別においしいとは思わないっすねえ」
「そうか……」
「急にどうしたっすか?」
「いや、なんかマルコみたいなのがコーヒー好きっていう古いアニメがあって……」
「ヤタガラスのアニメがあるっすか?」
「いや、たしかニワトリ」
「どこが僕みたいなんですか⁉」
「いや、そのニワトリも丸かったから」
「たとえそうだとしてもあんな人間に媚びた空も飛べない鳥は鳥とは認めないっす」
偏見に満ちたマルコの意見を聞き流しながらドワ子はもう一口コーヒーを飲む。
マルコだって空が飛べるわけじゃない、という言葉と一緒に苦い液体を飲み込んだ。
*****
「あ、同業者っすよ」
「そうなの? 誰?」
外が見えにくいことが大丸の欠点だ。
身体はマルコと同じく真っ黒で、本来は内部も真っ暗だ。
体の一部が透けて外が見えるとかいう機能は、今のところない。
「ロリコン狼っす」
「ああ、ベイズね」
ドワ子はその狼と混じった獣人の姿を思い出す。
全身が灰色の毛に覆われ、身長もドワ子の1.5倍ぐらいある。
嫌な奴ではないのだが、かつてドワ子に付き合いを申し込んだことからマルコとの間では「ロリコン狼」で通じる。
素直に同族と付き合えばいいのだが、どうも狼系の獣人女性はかなり気が強いらしく、ベイズのような病を抱える者は多いらしい。
そのような彼らの恋愛対象としてドワーフ娘は大人気なのだが、ドワーフ側からするとヒョロヒョロ縦に長く、ひげ以外の余計な毛でまみれている狼獣人は恋愛対象外だ。
中には物好きが付き合うことがあるものの、長続きした試しは無いそうだ。
それに、ドワーフの女性だって気が強いのだ。
あまり気が進まないものの、個人の同業者としては、宇宙で会ったときに挨拶しないのは失礼にあたる。
一瞬寝たふりをしようかとも思ったが、こちらの事情が相手に伝わっていないだろうから失礼には違いない。
「マルコ、元に戻ってくれる」
「わかったっす」
そしてマルコは体を大きくすると、ドワ子はその背中? に捕まる。
一瞬の地に外の大丸が消えて、ドワ子は宇宙空間に生身でさらされることになる。
本人にも意外なことだが、むしろこの体勢の方が落ち着く。
ずっとマルコと宇宙を飛び回ってきたドワ子としては、マルコの背中こそがホームポジションということなのかもしれない。
『おう、久しぶり。そっちも地球行きか?』
「そうよ、そっちも今日出発?」
『ああ、俺は本星からだけど、そっちはいつもの拠点からか?』
「そうね、まあほとんど離れてないし」
本星、とは当然ド星のことだ。
ベイズはそこの倉庫から直接宇宙に出てきたのだろう。
二人の輸送業者が近づき、並走状態になる。
ベイズのような獣人で、幻獣を使うものは少ない。
というか、幻獣使いなんて太陽系全体でも両手の指ほどしかいないのではないだろうか?
大半のドワーフは機械式の宇宙船(ただし与圧はされていない)で宇宙に出るし、人間は与圧された宇宙船を使う。そしてエルフは引きこもりなのでそもそも宇宙には出ない。
獣人はエルフやドワーフと同じく真空中でも生存可能な体質をしているが、彼らは野生の宇宙生物を飼いならして宇宙を移動する。
ベイズの移動手段はたくさんの宇宙スズメに引かせたコンテナだ。
総勢100匹以上の宇宙スズメの一匹一匹に名前を付けてかわいがっているらしく、ステーションで会うと彼の毛皮のそこここにしがみついた大量のスズメという奇妙な姿を見ることができる。
宇宙スズメは他の宇宙生物と同じく丸っこい形をしてるが、あまりアステロイドベルトには住んでいなく、捕まえるのには天王星のわっかまで出向かなくてはいけない。
それに体が小さいので数をそろえなければ輸送業者として使えるぐらいの速度が出ないのだ。
ベイズ程の数をそろえるのは容易なことではなく、彼が有能な輸送業者であることを疑う余地はない。
「なあ……」
「なに? 付き合えって話ならもう終わってるでしょ?」
「終わってないぜ。俺は諦めねえ。いつかお前を振り向かせてやるぜ」
「そのいつかは来ないと思うわ」
おとなしく引き下がってくれればいいものを、このロリコン狼はまだドワ子にご執心なのだ。
ドワ子としてはさっさとグラマーな狼獣人のお姉さんに乗り換えればいいのにと思っている。
「うっとうしいっす。さっさと引き離すっすよ」
一応会話をして、お互いの無事を確認したので同業者のコンタクトとしての義務は果たしている。
マルコの言う通り、後はさっさと離れるべきだ。
残念なことに進路が同じなので、自然に離れるならスピードを速めるか遅くするかの二択だ。
そして、ゆっくり進んでも、ベイズも速度を緩めるだけだ。
「よし、じゃあさっさと行こうか、マルコ、大丸を出して」
「了解っす」
先ほどとは逆の手順で、まずドワ子とマルコを包む形で大きな黒い球体、大丸が現れる。
「おいおい、なんだそりゃ、巨大化か?」
さすがに驚いた声でベイズがちょっと距離を取る。
「マルコが進化したのよ、分身の大丸。これからはこの姿で飛ぶことも多いわ」
「これだから幻獣持ちは……」
呆れた声のベイズに構わず、マルコは大丸のスピードを上げる。
実はこっそり大丸のお尻部分から後ろにビームを放って推進力を上げているのだが、ヤタガラスのビームは真っ黒なので宇宙の黒に紛れて一見してはわからない。
「お先にっす」
「良き航海を」
声だけ残してベイズの前から大丸の姿が遠ざかっていく。
ため息をつきながら、ベイズも別れの挨拶を返す。
「ああ……良い航海を……」
肩を落とすベイズを慰める、100匹以上の宇宙スズメの鳴き声がチュンチュンチュンチュンとうるさく、だがその鳴き声も真っ暗な宇宙空間に溶けていった。
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