第3話 アルベク・レーニス

 神聖ヴァルスレン帝国誕生からちょうど百年目の秋、十八歳のアルベク・レーニスは帝国の名門セリオス大学に入学した。

  

 このアルベクという若人は、深紅の髪と金色の双眸を持ち、その肉体は日々の剣術の稽古で鍛え抜かれていた。


 セリオス大学を選んだのも、学問はもちろんのこと、この大学が剣術においてもその名を馳せており、幼少より剣術を研鑽してきたアルベクにとっては理想的な場所だったからである。


 それまで住まわせてもらっていた叔父の家を離れ、賃貸集合住宅から大学に通う生活というのも、自由で魅力的だった。


 こうして、入学してから二ヶ月のうちは、学問に剣術と充実した日々を送っていた。


 ……そう、彼女に出会うまでは。


 彼女に初めて話しかけられたのは、アルベクが所属する剣術クラブの活動が終わり、賃貸集合住宅へとつづく帰路でのことだった。後ろから肩を叩かれ、振り返ると彼女がいた。アルベクの勘はするどいほうだが、まるで気配を感じなかった。


「始めましてアルベク・レーニス」

「えーと、あんたは?」

「私はセフィーネ。あなたとは同学年よ」


 セフィーネと名乗った少女は、飛び入学をしたのか、アルベクよりだいぶ若く感じられた。16歳程だろうか。

 光沢のあるホワイトブロンドの髪をツインテールに纏め、その肌は白磁のような白さとなめらかさを兼ね備えていた。欠点のないほど整った顔立ちと合わせて、まるで美しい人形のようでもある。どこか、この世のものとは思えないほどに。


「ああ、そうなんだ。よろしく」

「あと、私は帝国所属の魔女でもあるわ」 

「……魔女?」

「ええ、もっと詳細に言うと、帝国工廠ていこくこうしょうで新型のコアの開発に携わってる者よ」

 

 この瞬間、アルベクはヤバい奴に絡まれたなと思った。帝国において魔女は弾圧の対象であるとともに、すでに絶滅した存在だったからだ。それに、魔女がコアを作っている? アルベクにはとうてい信じられる話ではなかった。


「あのー、悪いけど俺をからかってる? 魔女なんてもういる訳ないだろ?」

「まあ、教科書ではそうなっているものね。疑ってるなら、実際に魔術を見せた方が早いわ。ここは人通りが少ないし、ちょっとくらい良いでしょう」


 セフィーネがそう言った瞬間、目の前から彼女の姿が跡形もなく消えた。


「なっ?」


 アルベクは驚愕する。左右前後を見渡してみるが、彼女の姿はない。


「……いったいどこに」

「ここよ。ここ。屋根の上」


 頭上の方で声がするので見上げてみると、民家の屋根の上に彼女の姿があった。いつのまにこんな高いところへ……これが魔術だとでもいうのだろうか?

 彼女は微笑むと、また姿を消し、アルベクの目の前……つまり元いた場所に戻ってきた。


「どう? 魔女というのは信じてくれた?」

「……ああ、信じざるを得ないなこれは……」

「そう。こんな簡単な魔術で納得してくれて良かったわ」


 セフィーネは楽しそうに笑う。

 

「あと、帝国の所属というのが信用ならないなら、証明する書類や物品を見せましょうか? 実際に帝国工廠に連れて行ってもいいわよ」

「いや、そこまではいいよ。あんたが帝国所属の魔女というのは理解したから……」

「そう、ならよかったわ」


 しかし、これは帝国がひた隠しにしていた魔女との協力関係を図らずも知ってしまったということではないか。今更ながら、面倒なことに巻き込まれたとアルベクは思った。しかし、目の前に魔女という存在がいること、その知的好奇心は抑えることは出来なかった。


「それで、どうして魔女が帝国工廠で鎧殻装兵のコアの開発をやっているんだ?」

「どうしてというか、そもそもコアは魔女が開発したものなのよ」

「うん? 錬金術師たちじゃないのか?」



 コアは百年以上前、神聖ヴァルスレン帝国がまだヴァルスレン王国だった時代、王国工廠で錬金術師たちが開発したとアルベクは教科書で習った。様々な実験の結果、偶然開発に成功したと。 


「錬金術師にそんな技術はないわ。百年以上前からヴァルスレンには魔女がいたのよ。私の曾祖母もそう」

「まさか……あり得ない」

「魔術師無しであんなものは作れないわよ。私の曾祖母はサタナキア皇国から亡命して、ヴァルスレンに協力した魔女。他にも何人かそういう魔女はいたわ」 


 なにかの陰謀論を聞かされているようで、アルベクの頭はクラクラした。セフィーネの魔術をこの目で見なければ、とても信じられなかっただろう。

 しかし、そうするとアルベクには色々と疑問が出てくる。


「この話が正しいとすると、あんたのひいおばあさんは自分の祖国を滅ぼすために力を貸したのか……」

「ええ、そうよ……なんなら、自分たち以外の魔術師の撲滅を提言したのも、私の曾祖母たち。同じシェルド族を……ね」


 さらっと衝撃的なことをセフィーネは語る。


「なんで……そんなことを、祖国を捨てたといっても、同じ民族じゃないか……」

「それに関しては長くなるから、いつかの機会に話すわ。今日話しかけたのは、あなたに鎧殻装兵になってもらいたいとお願いするためよ」

「鎧殻装兵? 軍人になれっていうのか? せっかく大学に入学したばかりだってのに」


 アルベクは剣術こそ好きだったが、軍人になりたい訳でもないし、今は学問に打ち込みたかった。


「もちろん、学業はそのまま続けてくれて構わないわ。敵が現れたときだけ、特別に力を貸してほしいの」

「敵……それはいったいだれなんだ?」


「……魔術師と魔術師に力を与えられた者たち」


 そういうと、セフィーネはアルベクに詳細を語り始めた。

 

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