第4話 深紅の核玉

「魔術師だって? そいつは帝国の配下じゃないのか?」

「いいえ、かつてサタナキア皇国に仕えていた者たちの末裔たちよ。百年の歳月が経った今、ヴァルスレンに復讐を目論み、すでに動き出している」

「すでに?」

「四か月前、帝都ロージアで爆発事件が起こったでしょう? それも魔術師の仕業」


 たしかに、アルベクもそのニュースは知っている。死者十五人を出したこの事件は、火薬の爆発事故と発表されていたはずだ。


「帝国は混乱を避けるため、魔術師の情報は伏せているけど、他にも魔術師やその配下の仕業だと思われる怪事件は、ここのところ後を絶たないわ。何十人も誘拐されて、惨たらしく殺されたりした事件もあったりね」

「なんで魔術師の仕業だってわかるんだ?」

「犯行現場に魔力の痕跡が残っているのですもの。挑発するようにわざと残しているのだと思うわ……敵がどれくらいの規模かはまだわからないけど、その中心人物は『フェルザー』と呼ばれているらしいわ」


 フェルザー、それが裏で糸を引いている黒幕のようだが、正体を含め何もかもが謎らしい。


「魔術師ってことはシェルド族だろ。たしか、白い髪と紫の瞳が特徴なんじゃなかったっけ?」

「かつてのシェルド族だって、魔術で髪と目の色を変えるなんて造作もないことだったわ。ただ、魔力を高める魔術式が刻まれた入れ墨だけは消すのが大変で、ヴァルスレンは入れ墨でシェルド族を判別していたみたいね。まあ、今の魔術師は目立つ入れ墨はしてないでしょうけど」

「あんたも魔女なのに金髪に銀の瞳だな。それも魔術で色を変えているのか?」

「私の場合、父がシェルド族ではない非魔術師なの。魔術は母から受け継いだけど、髪と目の色は父譲りよ。混血の場合は魔術が使えない場合が多いんだけど、運が良かったわ」


 そう言って、彼女はツインテールに束ねたホワイトブロンドの髪をなでる。

 

「あとさ、俺はまだ鎧殻装兵になるとは言ってないのに、そんな機密情報をペラペラしゃべってもいいのか?」

「いいわよ。あなたは口が堅そうだし……それに、私にはあなたが鎧殻装兵になる未来が見えるもの」


 彼女はその白銀の瞳で、真っ直ぐとアルベクを見つめる。頭の中まで覗かれそうで、思わず視線をそらした。彼女はそんなアルベクの様子を見て、おかしそうにクスっと笑う。


「あなたは魔術師が現れたときだけ戦ってくれればいいの。それ以外は今まで通りの日常を過ごしていいわ。魔術師なんてそう毎日出るものじゃないし」

「そう言われたって、そもそも俺は戦うのは怖いよ。だいたい、俺に鎧殻装兵の適性はあるのか?」

「適性がなかったらあなたに話しかけてないわよ。そこはご心配なく」


 セフィーネはそう言うと、ポケットから深紅の玉を取り出した。これが核玉コアという兵器なのだろう。ただの玉ではなく、人を魅了する不思議な力を感じる。


「この核玉コアが言っているの、あなたが適合者だと……」

核玉コアの声が聞こえるってのか?」

「そうよ。あと、ただの核玉コアじゃないわ。私が開発した、新型の核玉コア。あなたはその適合者に選ばれたの」


 セフィーネはうっとりとした視線を核玉コアに向ける。まるでかわいい我が子を見るようだった。


「なら、俺は新兵器の実験台か……」

 

 アルベクは呆れたように言う。安全性も担保されてない兵器を身体に入れる気にはなれなかった。


「そう悲観的にならないで。報酬はあなたが望むがままよ。それに、魔術師がこのまま好き勝手するのをあなたは見過ごせて?」


 今度はアルベクの正義感に訴えてくる作戦のようだ。たしかに、罪のない人々が犠牲になるのを見過ごせるほどアルベクは薄情ではなかった。しかし、やはりそれでもこの話に乗る気はしない。


「悪いけど、他を当たってくれ…… やっぱり俺には無理だよ」

「そう、残念ね。適合者になって、私たちの仲間になれば、あなたの胸に秘めた復讐の相手も見つかるでしょうに……」


「……今、なんて言った?」


 セフィーネの言葉にアルベクは驚愕する。復讐……復讐だって?


「ふふ、目の色が変わったわね? キャンパスライフにうつつを抜かしているかと思ったけど、まだ復讐の炎は消えていないのかしら?」 

「どこまで、調べたんだ!」


 静かな怒りを込めて、アルベクはセフィーネの胸倉を掴む。ただ、彼女はそれにはまったく動じなかった。


「ちょっと調べればわかることよ……あなたのご両親が何者かに殺されて、幼馴染は誘拐された……違って?」

「……」

「少し前までのあなたは、復讐に囚われてその犯人を血眼になって探していた……でもある時を境にその事は忘れたように受験勉強に打ち込んだ。そうでしょ?」

「何が言いたい?」


 セフィーネは微笑む。アルベクの事なら何でも知っているというような不敵な笑みだった。


「今でも復讐したい? なら私の新兵器の実験台になってくれないかしら?」

「それと復讐はどうつながるんだ?」

「私は犯人に繋がる有益な情報を持っているわ。もしあなたが私に協力して鎧殻装兵となり、フェルザーを倒すのに貢献してくれたら……その時は、情報を教えてあげる。どう?」


 アルベクはセフィーネの白銀の双眸をじっと見つめる。


「その言葉に……嘘偽りはないな?」

「これまでの話で、あなたに嘘は言ってないわよ」


 アルベクはセフィーネの胸倉を掴んでいた手をそっと放す…… 


「少し……考えさせてくれ。頭の整理をしたい」

「構わないわ。結論が出たら、また会いましょう」


 復讐……忘れようとしていた言葉が、再びアルベールの脳内を駆け巡る。やはり、向き合わないといけない運命なのだろうか……


「あと……悪かった。乱暴して…… 自分でもどうかしていたんだ……」

「構わないわよ。じゃあ、またね」  


 そうして、セフィーネはアルベクの元を去っていった。

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