第2話 鎧殻警備隊

 屋敷の地下室の扉を蹴り開けた瞬間、吐き気がするような血生臭さと腐敗臭が、カインの鼻を突いた。


 「隊長……これは……」


 部屋に踏み入るのを躊躇する部下たちを尻目に、カインは中に足を踏み入れた。

 あたり一面、惨殺された死体が転がっている。殺されてまだ間もない死体もあれば、腐敗して目も当てられない死体など、様々な老若男女の死体で部屋は覆いつくされていた。

 そして、部屋の中央には骸の山が築かれており、その上には全身に黒い革製の包帯を巻いた、ミイラ男のような人間が胡坐をかいている。


「よう、客人。よくここがわかったな」

「……死体から降りろ、罰当たりな犬畜生」

「ふふ、そう怒るなよ。魔力もない人間をいくら殺したって、サタナキアでは罪にはならねえのよ」 

 滅びたサタナキア皇国の名前を出し、カインの言葉を包帯男はせせら笑う。


「それにな……これは復讐だ。貴様らヴァルスレン人へのな」

「無差別殺人が復讐か……しょうもない仇の返し方だ。おまえ、魔術師の生き残りか……」

「そうさ。俺たちが闇に潜む時間は終わった。これから百年前の恨みを晴らす時だ」

「まさか、本当に生き残りがいるとはな……」


 カインは死体の山の中に、まだ十歳にもならない少女の亡骸があるのを見た。冷静になろうと努めても、怒りが頭から湧き上がって抑えが効きそうにない。


 ここのところ首都で大量の行方不明者が出ているとの報告がカインにあった。いたるところから情報を集めて、ようやくこの屋敷にたどり着いていたというのに、待っていたのは最悪の結末である。

 皆が皆、この男に惨殺され、生きている者は一人としていなさそうだ。 


「自己紹介がまだだったな。俺はザルバス。あんたらは、ヴァルスレンの鎧殻警備隊がいかくけいびたいだろ?」


 ――鎧殻警備隊がいかくけいびたい、それは帝国ロージアの首都防衛と首都の治安維持を同時に担う、鎧殻装兵がいかくそうへいを中心に構成された部隊である。

 いざとなれば、鎧殻装を纏い、直接戦闘に参加する実戦部隊だ。

 しかし、戦争がもはや遠い過去のものとなったヴァルスレンにおいて、鎧殻警備隊の仕事も首都内の治安維持が中心である。


「ああ、首都の治安を揺るがす輩を成敗するのが俺達の仕事だ。おまえら、鎧殻装を纏え!」

「はっ!」


 そう言うと、カインとその部下たちの胸部が光り輝く。その光は胸に埋められたコアの輝きである。光は少しずつ彼らの身体全体に至る。より正確に言えば、光の粒子が全身を覆っていた。

 そして、光の粒子が変化し、徐々に明確な実体と質量を持ちはじめ、全身を守る強固な装甲へと姿を変えた。

 こうして、肉体を鎧殻装で身を固めた兵士たちが顕現する。


 部下の鎧殻装は土埃カーキ色であり、飾り気のない丸型の頭部には、横一直線に開いた除き穴だけが存在した。胴体を覆う装甲は厚く、無骨である。また、手には銃剣型の波動武装を持っている。

 彼らが使用しているのは百年以上前に開発された旧式のコアだ。コアの出力が低い分、肉体への負担も比較的軽く、適合率があまり高くない兵でも鎧殻装を纏うことが出来る。


 対して、カインのコアは十年前に開発された、比較的新しいタイプである。         

 鎧殻装は深い海のように青く、顔を覆う部分の装甲には、目の部分をくり抜いたような除き穴があった。

 胴体を覆う装甲はカインの身体にフィットして、旧式の鎧殻装に比べてずっとスマートである。しかし、強度は旧式から格段に向上していた。

 その手には銃剣ではなく、槍が握られていた。穂先は鋭く、超高周波が流れて切れ味を増していた。


「へぇ、鎧殻装かい? じゃあこっちも」


 そう言うと、ザルバスの胸部も黒く光り、次の瞬間には黒い炎が全身を覆う。


 その炎は黒い包帯をを焼き焦がしたかと思うと、肉体そのものを変貌させる。全身の筋肉は膨れ上がり、体躯は一回り以上大きくなった。

 

 肉体は獣のような黒い毛で覆われ、顔は狼を思わせるような形状になり、裂けた口からは不揃いな大きさの牙が並んでいた。指には鋭く長い爪が伸びている。そして、顔を頭蓋骨のような白い外殻が覆い、まるで、骸骨の仮面をかぶった狼男のようだ……

 

「なんだ、この変身は……魔術か?」

 

 カインが怪訝そうに呟く。


「ははっ、違うねぇ。これもお前らとは別タイプのコアの力さ」


 ザルバスは跳躍し、地面に降り立つ。そして、とてつもない速度でカインの部下の一人に接近すると、勢いそのままに拳を振るう。たった一撃で、部下は後方の壁に吹き飛ばされる。見れば、鎧殻装は大きく凹んでいるのがわかった。


「貴様!」


 激情した他の部下が銃剣の引き金を引く。赤い閃光がザルバスの胸に直撃する。しかし、彼は多少よろめいただけで、傷ひとつついていなかった。


「そ、そんな馬鹿な……」


 かつて魔術師の防衛魔術すら易々と突破した銃剣の光弾は、新たな敵に対して全くの無力だったのだ。


「こっちも武器を使うぜ!」


ザルバスの右手が発光し、武器が顕現する。それは、巨大な戦斧であった。色は彼の頭部の外殻と同じであり、同一の物質から出来ていることを思わせる。


「おまえらは下がっていろ。俺がやる」

 

 カインはそう命令すると槍を突き出す。しかし、ザルバスは驚異的な反射神経で、その攻撃を戦斧の側面で受ける。そして、戦斧を盾のように使い、攻撃を防ぎつつ前進してくる。


「図体のわりにすばしっこい奴め……」


 カインは目標を脛に切り替えて、足払いせんと槍を一閃する。これもザルバスは跳躍して躱す。


「あたらねえよ!」


 そのまま、空中で一回転し、戦斧を振り下ろす。カインは右側に飛びのけて躱すが、その際に死体を踏みつけた。嫌な感触ととともに赤い鮮血が飛び散る。


「ちっ!」 

「はは、死体なんて気にしていた戦えないぞ!」


 ザルバスは死体などお構いなしに踏みつけて突進してくる。

 カインは戦斧の連続攻撃を何とかいなしながら、反撃の機会を伺った。そして、石突を敵の横顔に当てようとするが、これもザルバスは後方に跳躍して避ける。


「だんだんお前の攻撃が読めてきたぞ、鎧殻装兵……」

「それはどうかな?」

「強がるなよ。コアの出力も違うんだ」


 ザルバスは裂けた口でニヤリと笑うと、再度攻撃態勢に入る。その瞬間だった。カインは槍の柄を右手で掴むと、ザルバスめがけて、全力で投擲した。 


「何っ!」


 ザルバスは虚を突かれたように動きを止めるも、なんとか戦斧でガードする。しかし、一瞬の隙をカインは見逃さず、勢いよく下半身に組み付き、押し倒す。


「くっ、この!」


 お互いが地面に倒れ伏し、死体の上で転がる。だが、単純な格闘ではカインが上手だった。ザルバスの背中に回り込み、その首を両腕で締めにかかった。首は太く厚かったが、コアの出力で強化された膂力で力いっぱい締め上げた。


 ザルバスは何とかカインを振りほどこうと、鋭い爪を彼の腕を引っ搔いたが、鎧殻装はその程度の攻撃はものともしなかった。

 やがて、ザルバスの身体が痙攣したかと思うと、そのまま動かなくなった。怪物はようやく息絶えたのである。


「胸糞わるい勝利だ……」


 とどめを刺したカインは立ち上がり、ザルバスの死体と、惨殺された人々の死体を見つめた……


(俺たちが闇に潜む時間は終わった。これから百年前の恨みを晴らす時だ)


 ザルバスの言葉通りなら、このようなむごい事件がこれからも続くのだろう。カインはため息をついた。


 





 




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