私とお母さんの帰る場所

アガタ シノ

第1話


 お母さんが台所で倒れた。


 その時の私は正月ということで実家に帰っていた最中だった。

 当時から何も変わっていない自分の部屋を懐かしい気持ちで見ていたところ。


 バタン。

 1階から鈍く大きい音がして驚く。

 私は自分の部屋をすり抜け1階へと移動した。


 そこには台所で倒れているお母さん。

 ガス台には煮立っている鍋。

 まな板と包丁。

 切られた野菜と肉。


 声はあげなかった。

 多分私の声は届かないから。


 お母さんはこの時期にいつも腕を振るって料理を作っている。

 何歳になっても料理だけは2人分の豪勢な食事。

 私はそんなお母さんの様子を見るために正月は密かに帰ってきていた。

 そのことについてお母さんは気づいていないようだ。


 この家は私とお母さんが住んでいた頃からずっとそのままだ。

 特に私の部屋は当時へとタイムスリップしたみたいに何も変わってない。

 いや、何も変わってないというよりは私に関連した物を捨てられないのだと思う。

 私の思い出を捨ててしまったらこの家には何も残らない。


 お母さんは私の母親だけど、まるで何でも相談できる友達みたいだった。

 服の趣味や食べ物の好き嫌いも似通っていた。

 好きなテレビ番組や好きな俳優のタイプも。

 そして、残念ながら体が悪くなる原因も結果も一緒。


 あれほど甘いものを食べすぎないように、運動するように、野菜をちゃんと食べるようにと医者に言われていたのにね。


 私は台所で倒れたお母さんをじっと見ていた。

 頑張って。もう少しだよ。

 もうちょっと頑張れば楽になるからね。


 そしてお母さんの息が止まった。

 私はそこで一息つく。

 後は待つだけ。


 息が絶えた後もお母さんの体をぼんやりと見る。

 今年でたしか70歳近くだったと思うが周りと比べたら元気な方だった。

 しかし、誰しも病気には勝てない。


 果たして私はどれほどこの時を待っただろうか。

 一緒に話せない時間がどれほど長く感じたことだろう。

 しかしそれも今日で終わり。

 もう少しで大好きなお母さんと一緒に帰ることが出来るのだ。

 そんな期待に胸を躍らせているとあっという間に夕方を過ぎた。


「莉奈?」


 やがて後ろから自分の名前を呼ばれて振り返る。

 そこには膝から下が消えて無くなったお母さんがいた。


 その姿を見て嬉しさがこみ上げてくる。

 やっと私と同じ幽霊になったんだね。


 私はお母さんの手を握った。

 お母さん、あっちの世界に一緒に帰ろうね。

 あっちは退屈だけど悪くないよ。


 それからお母さんと一生懸命色んな事を話し込んだ。

 私が先に亡くなってから今までの時間を埋め合わせるように。




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