第3話 夏の日

 合唱というものに関心を持った竹柏なぎは、五‐六年は小学校の合唱部に入って活動した。

 その部で出会ったのが与那よな白子はくこだった。

 お父さんとお母さんは瑞城ずいじょう女子中学校についても調べてくれた。

 小学校の先生には、私立に行くならばもっと上のレベルを狙える、と言われたのだけど

「ちょっとそこまで学力に自信ないんで」

とあいまいに答えて瑞城女子中学校を受験した。

 与那白子も同じだったらしい。白子は、もっとはっきり「わたしは合唱がやりたいから」と親に宣言したそうだ。

 中学校に入るとすぐにコーラス部に入ることに決め、部室に行ってみると、去年のコンクールで出会って仲よくなった上西うえにし永遠とわがいた。

 小柄な竹柏や白子と違って大柄で、お姉さんっぽい雰囲気を漂わせた子だ。竹柏と白子の小学校は毎年予選敗退だったけど、上西永遠子の学校はもっと強くて、六年生のときにはブロック大会まで行った。

 ほかの子も含めて、一年生はまじめで熱心な子ばかりという印象だった。

 一年生は七人。

 三年生も七人で、二年生は八人。その人数で、瑞城女子中学校コーラス部の新年度の活動は始まった。

 あのクリスマス演奏会で竹柏が感じた、声が体に響いてくる感じを、これからは自分たちが与えるのだ。

 最初の練習。

 先輩たちの声は、音は、すぐ横に並んで聴くと、体に響く、体が勝手に反応するような音だ。

 ぞくぞくっ、とした。

 そして、それに合わせて行かなければいけない、ということで、こんどはびりびりと電流が走るような緊張感があった。

 先輩たちは優しかった。「こんなこともできないの?」なんて言われたことは、竹柏も一度もなかったし、ほかの一年生が叱られているのも見たことがない。声が出ない。声が延びない。そういうときに、どうすればいいか、どうトレーニングしなさい、ということを、先輩たちは積極的に教えてくれた。

 やがて、十月に全国大会がある有名なコンクールの課題曲の楽譜も手にして、その練習に力を入れようとした矢先だった。

 突然、顧問の先生が、蒲沢かんざわ修善しゅぜん中学校の部との合同練習を指示してきた。しかも、週に二回、という。

 「有名な先生の指導を受けられるのだから、あなたたちは幸せだと思わないと」

と顧問の先生は言ったらしい。でも、三年生の輔国すけくにみのりという先輩は

「そんなこと言ったって、向こうは混声、こっちは女声合唱だし、指導者はともかく歌のレベルはうちのほうが高いよ。なんであんなのと」

と強い不満を言っていた。

 瑞城は最寄り駅が泉ヶ原いずみがはら、蒲沢修善中学校はそこから二駅の蒲沢駅から、さらに動物園行きのバスに乗らないといけない。

 しかも、蒲沢修善の名指導者らしい由良ゆら先生という先生も、瑞城の生徒にどういう指導をしていいのかわからないようだった。

 そのうち、事件が起こった。

 女子校の瑞城の生徒のなかから、共学の蒲沢修善の男子生徒と仲よくなってしまった子、少なくともそんな噂を立てられた子が、複数、出た。

 とくに、二年生のとてもかわいい感じの先輩が、蒲沢のかっこいい男子の先輩と仲よくなったと噂を立てられ、練習中に蒲沢修善の女子にしつこくいやみを言われ続けた。怒った同じ二年の先輩が修善の女子になぐりかかろうとした。その先輩を、体の大きい別の二年の先輩がなんとかうしろから抱きとめて止めた。

 しかし、なぜかその二人の先輩が修善の女子に暴力をふるった、という話になって、瑞城の顧問に伝えられたらしい。

 瑞城の顧問は激怒し、

「あなたたち、頭を冷やしなさい」

と言って、瑞城のコーラス部の活動停止を命じた。

 ちょうどそれが全国コンクールのエントリーぎりぎりの時期だった。

 「ほかの学校で暴力事件を起こしておいて、コンクールなんてとんでもない!」

とエントリーを認めない顧問に対して、部長は、修善とのトラブルに関わったと名指しされた全員を退部させ、それでコンクールへの参加を認めるようにお願いした。

 それに対して、顧問の先生は言った。

 「認められるわけがありません。コンクールなんてとんでもない、って言ったでしょう? ぬす猛々たけだけしいにもほどがあるわ」

 言われた部長は職員室の床に泣き崩れ、顧問とは別の音楽の先生に立たせてもらい、なぐさめてもらって、職員室を出た。

 部長はそのまま退部、顧問は、副部長が後任の部長になるのも認めず、その副部長も退部した。

 夏休み前には、三年生で残っているメンバーはたった二人、二年生でも三人が抜けた。

 しかも、抜けたメンバーには、レベルの高いメンバーが何人も含まれていた。

 盗っ人だろうと何だろうと、こんなメンバーで全国コンクールなんて出ても恥をさらすだけ。

 それでも、竹柏は、今年はダメでも来年こそは、と、気持ちを切り替えようとした。

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