第7話 ミユキとの出会い
ふと女性の方に目をやると、彼女は縛られたまま放心状態でうずくまっていた。その姿を見たタカシは、胸に重いものを感じながらゆっくりと歩み寄った。
「もう大丈夫だ……。」
短剣で縄を切りながら、自分の声が震えていることに気づいた。彼女の怯えた目がタカシを見上げ、何かを言おうとして口を開くが、声にならない。
タカシは、怯えたまま地面に倒れ込む女性をそっと抱き上げた。彼女の身体は軽く、それ以上に全身が震えているのが伝わる。
「……大丈夫だ。もう終わった。」
そう呟きながら、女性を火のそばまで運び、ゆっくりと地面に座らせる。彼女の衣服は盗賊たちによって無惨に切り裂かれており、露出した肌の傷や打撲の痕が痛々しい。しかし、タカシは視線を逸らさずに努めて冷静さを保とうとした。
倒した盗賊の持ち物を調べ、簡単な布切れ、水袋、そして干し肉のような食料を見つける。
「役に立つものがあってよかった……。」
布を水袋の水で湿らせ、火のそばに戻ると、震える女性の隣に座り、優しく声をかけた。
「これから少し体を拭いて傷を綺麗にする。痛かったら教えてくれ。」
女性はまだ声を出せず、ただ怯えた目でタカシを見つめるばかりだった。それでも、タカシは無理に問いかけず、丁寧に布を使って体を拭き始めた。
布を湿らせ、彼女の体に残った血や汚れを拭き取る。大きな怪我はないようだが、打撲や擦り傷が多数あり、痛みが相当あるだろう。タカシは力加減に気を配りながら、できるだけ優しく布を当てる。
「怖かったよな。でも、もう大丈夫だ。ここには俺しかいない。」
彼女が微かに震えるたびに、タカシは優しい声で繰り返し安心させようとした。
「……俺も日本人だ。分かる?日本人だよ。」
その言葉に、女性の目が一瞬だけ反応を示した。震えた唇が動くが、声にはならない。それでもタカシはその小さな変化を見逃さなかった。
「そうだ。俺も同じ。だから安心してくれ。」
女性は依然として身体を縮めたままだが、タカシの手つきと声に徐々に反応を示し始める。完全に安心できる状態ではないが、少なくとも拒絶の意思はない。
タカシは治療を終えると、
「ゆっくりでいいから。何か飲むか、少しでも食べられたらいい。」と語る。
女性はまだ言葉を発しないが、火の揺らめきが彼女の震えを少しずつ和らげていくようだった。
タカシは女性が干し肉を食べられる状態ではないと判断し、水袋の水と干し肉を使って簡易的なスープを作ることにした。盗賊たちの荷物から見つけた小さな金属製の器を火にかけ、水を注ぎ込む。
「うまいものじゃないだろうけど、少しでも口に入れられたらいい。」
火にかけた水が徐々に沸き、干し肉のかけらを入れると、僅かに肉の匂いが立ち上る。調味料もなく、匂いからして味の保証はできないが、栄養を補うには十分だろう。
スープが出来上がると、タカシはそれを器に移し、申し訳なさそうに女性に差し出した。
「ごめんな、うまくはない。でも、少しだけでも飲んでくれ。」
彼女は怯えたままだが、タカシの言葉に応えるように、震える手で器を受け取った。熱いスープを一口すすり、目を閉じた。僅かに安堵した表情が浮かぶのを見て、タカシはほっと息をついた。
女性がスープを口にする間、タカシは盗賊たちの衣服を剥ぎ取った。彼女の乱れた衣服をどうにかしなければならないが、盗賊の服は汚れや血にまみれ、悪臭が鼻を突く。
一瞬手が止まる。
「……これを彼女に着せるのか?いや、こんなの……。」
タカシは視線を女性に向けると、迷いを振り切るように自分の服を脱ぎ始めた。
自分のシャツとジャケットを脱ぎ、女性の肩にそっとかけた。
「俺の服だけど、汚れてないし暖かいはずだ。」
彼女は驚いたようにタカシを見上げたが、すぐに顔を伏せた。その震える手がゆっくりと服を掴み、身を隠すように身体に巻きつけた。
「気にするな。俺はこれでいい。」
そう言いながら、タカシは盗賊の衣服を手に取る。その汚れと臭いに顔をしかめつつも、仕方なく身にまとった。全身に違和感を感じるが、それよりも彼女を守る方が優先だと心を決めた。
彼女が服を身に着けると、先ほどよりも僅かに落ち着きを取り戻したように見える。タカシは再び火のそばに腰を下ろし、静かに声をかけた。
「スープ、もう少し飲めるか?」
女性は小さく頷き、残りのスープを少しずつ口に運んだ。その姿を見守りながら、タカシはそっと呟いた。
「俺が守る。絶対に大丈夫だから。」
焚き火の明かりが揺れる中、タカシはそっと女性に名前を尋ねた。彼女はまだ震えていたが、タカシの真剣な表情に促され、かすかに口を開いた。
「……ミユキ……」
その声は小さく、弱々しかったが、確かに聞き取れる。日本語の響きに、タカシは彼女が同じ世界から来たことを確信する。
「ミユキ……ありがとう。大丈夫、俺がここで守る。」
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