第5話 邂逅と戦う判断
翌朝、タカシは焚き火の残り火を慎重に消し、川沿いに沿って村を目指して歩き始めた。冷たい空気が肌を刺し、夜の疲れがまだ残る身体を動かすのに苦労したが、川のせせらぎが心を落ち着けてくれる。
数時間歩いた頃、川辺から少し離れた草地で、地面に異様な乱れを見つけた。掘り返された土、血痕、そしていくつかの足跡が混じり合っている。
「ここで何かが起きた……。」
タカシは地面に跪き、慎重に足跡を観察した。
足跡の特徴
一つ目の足跡
小さめで軽やかな足取りから、女性のものであると推測された。歩幅が短く、一定のリズムで動いている。
「女性が一人……普通に歩いていたのか?」
二つ目と三つ目の足跡
男性の足跡が二つ。片方は歩幅が広く、もう片方は少し乱れた跡が続いている。
「追いかけているのか……いや、何か別の意図があったのかもしれない。」
タカシはさらに周囲を観察する。血痕が点々と続き、次第に女性の足跡が消えていることに気づいた。
「女性が消えた……?」
足跡が消えた付近に血痕が濃くなっている。地面に擦ったような跡も見られるため、誰かに押さえ込まれたか、倒れた可能性が高い。
「ここで女性が襲われたか、負傷して動けなくなったのか……。」
女性の足跡が消えた後、男性二人の足跡が森へ向かって続いている。これは、女性が無理やり連れ去られた可能性を示している。
「一体どこに連れて行った……森に向かっている……。」
タカシは短剣を握りしめ、足跡を見つめた。
「ここで何があった……?」
異世界に来てから初めて目にする人間の痕跡。それが争いと血にまみれたものであることに、胸の奥がざわつく。
「俺が関わるべきか?それとも村を目指すべきか……。」
心の中で逡巡するも、森に続く足跡を見て、次第に疑念が湧き上がる。
タカシは、血痕と乱れた足跡の先に目をやりながら考えを巡らせた。
「女性がここで倒れ、男たちに連れ去られた……。」
足跡が続く方向は森の中。光がほとんど届かない薄暗い空間が、奥で何かを隠しているように見える。
その時、ふと目に留まるものがあった。地面に落ちている小さな金属製の物体。手に取ってみると、それはシンプルなデザインのネックレスだった。
光を反射する金属の輝きと、その表面に彫られた小さな文字が日本語だと気づく。
「……これ、日本のものじゃないか?」
異世界に来てから初めて目にする、自分の世界と繋がりを感じさせる物。女性が日本から来た可能性を示唆するこのネックレスに、タカシの胸中にざわつきが広がった。
ネックレスを握りしめながら、タカシは決断を迫られた。このまま村を目指せば、安全な道を進むことができる。しかし、このネックレスが示すように、女性は自分と同じように日本からこの世界に来たのかもしれない。
「俺に何ができる?追ったところで、助けられる保証なんてない。」
だが、迷う心の片隅で、武術の経験とスートの力を得たことへの責任感が湧き上がる。
「もし彼女が日本から来た人間なら、放っておけるわけがない。」
タカシは短剣を握り直し、川のせせらぎを背に森へ足を踏み入れる。
「慎重に……相手が何者か分からない以上、無闇に近づくのは危険だ。」
足音を殺し、気配を探りながら、足跡を追跡していく。森の中は薄暗く、枝や葉が視界を遮るが、スートの力を使わずとも、追跡に必要な集中力を自然と発揮できる自分に気づく。
タカシは慎重に森の奥へと足を進めていった。足跡が濃くなるにつれ、鳥の鳴き声や木々のざわめきが薄れ、空気が張り詰めたように感じられる。
そして、視界の先に小さな開けた空間が現れた。そこには、一本の木に縛り付けられた若い女性の姿があった。衣服は乱れ、全身には暴力の痕跡が見える。血が滲む打撲の跡、裂けた袖口。そして、彼女が身体を小さく丸め、声を漏らすことさえ恐れているような姿勢が痛々しかった。
「……これは……。」
タカシの中で怒りと嫌悪感が沸き上がる。同時に、現実世界では想像すらしなかった状況に直面したことで、身体が硬直する。目を逸らしたいという衝動と、状況を直視しなければならないという使命感が交錯する。
木の陰から耳を澄ませると、二人の男が女性から少し離れた場所で言い争っている声が聞こえた。
「次は俺の番だ。お前はさっき十分楽しんだだろう!」
「ふざけるな。俺が最初に連れてきたんだ、俺に優先権がある!」
二人の声は徐々に高まり、互いに譲らない様子が伝わってくる。彼らが女性に対して行った行為がどれほど卑劣で残酷なものだったか、その一端が明らかになるたびに、タカシの中で何かがはち切れそうになる。
タカシは短剣を握りしめ、震える手を抑えながら考えを巡らせた。
「今すぐ飛び出して、あの男たちを止めるべきか?いや……相手は二人。力の差がありすぎる。」
ソードのエースの力を使えば優位に立てる可能性があるが、力の使用には限界があることを思い出す。短剣ひとつで二人を同時に制圧するのは無謀とも言える。
しかし、行動を躊躇すれば、次の犠牲が出ることは明白だった。
「……見て見ぬふりをするのか?いや、そんなことはできない。だが、どうやって勝算を見出す?」
彼らの卑劣な行為に対する激しい怒りが、タカシの中で沸騰している。今すぐにでも彼らを倒したいという衝動が抑えきれない。一方で、失敗した場合に自分がどうなるかを考え、不安が胸を締め付ける。もし倒しきれなければ、状況はさらに悪化するだろう。
しかし、女性を放置することは到底できない。自分が動かなければ、彼女はさらに傷つき、命を落とすかもしれない。
タカシの中で感情と理性が激しく衝突する。
男たちの言い争いが終わり、1人の男が女性に近づく。その男は乱暴に女性を引き寄せ、刃物を振るいながら衣服を裂いていく。女性の体が震え、声を出すことすら許されないような状況に、タカシの胸の中で怒りが爆発した。
「……また同じことが起きてしまう……。」
視界が赤く染まるほどの怒り。しかし、その中に奇妙な冷静さが混じり始めた。怒りが極限に達することで、逆に思考が鋭く研ぎ澄まされ、方針がクリアに見えてくる。
短剣を握る手が汗で滑りそうになる。全身の筋肉が緊張し、心の中で自問自答が繰り返される。
「俺はどうすればいい……?彼女をこのまま放置するなんて……!」
だが、一歩踏み出そうとするたびに、もう1人の男を先に無力化する方が理にかなっていると理性が告げる。
「一瞬で決めるんだ……。でも、その一瞬がどれほどの痛みをもたらすか……。」
目の前で繰り広げられる光景が、怒りを煽る。だが、焦りが判断を狂わせるのもまた命取りだと知っている。
タカシは短剣を握りしめながら、深く息を吸い込んだ。奇妙なことに、ソードのエースの力を発動していないにも関わらず、思考が極めて冷静になっているのを感じる。心拍数が落ち着き、周囲の音や風の流れが鮮明に感じられる。
「……これもスートの力か?」
怒りが消え去ったわけではない。しかし、その怒りを内に秘め、制御できるような感覚がタカシを包んでいた。
「1人ずつ確実に仕留める。それが最善だ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます