第3話 未来の話

「着いたよ。ここが僕の目的地」


 これは……


 目の前に広がるのは、一面のブドウ畑。

 土地もかなり広く、川も流れている。

 手付かずの大地もあり、そしてそれらの奥に崩れかけの小さな家が一軒、ポツンと建っていた。

 すっげえ……これは俺が夢見てた、平穏な生活にかなり理想的な場所だ。


 山奥という人が寄りつき難い場所。

 畑に川、それに山の動物もいて、自給自足で賄える環境。

 なんなら家も既にある。

 欲しい!

 ああ……俺に金があればなぁ……


「おーい、行くよ」


 一人で一喜一憂していると、時雨が家のドアを開けて俺を呼ぶ。


「……って、勝手に入んなよ! 盗賊じゃねえんだぞ!」

「気にしないの。僕ん家なんだから」


 はあ? お前の家だあ?

 未来から来たと言っておきながら、この時代に家があるだと!?

 ますます意味がわからねえ。


「嘘つくな」

「嘘じゃないんだなぁ。これが。ほら、アレ見て」


 時雨が家の中を指差す。

 そろりと中を見てみると、そこには一本の剣が飾ってあった。

 黒い鞘に細い刀身。

 あれは東洋の刀と呼ばれる剣だ。


「アレ、僕」

「……なんだって?」

「だから、アレが僕だってば」


 まーた人を揶揄いやがって。

 刀と人間。

 どう見比べたって一致しねえ。

 当たり前だ。

 根本的な部分から違うっつーの。


「……その顔、信じてないでしょ」

「当たり前だ。騙したいならもっとマシな嘘をつけ」

「ふん、いいよーだ。じゃあ僕の手を握ってみてよ」


 差し出された右手。

 手を握ったからどうなるってんだ。

 俺は躊躇なく、その手を取った。


 温かい……血の通った人間の温もり。

 一変。

 ひんやりとした、硬い鉄の感触が右手に伝わる。


「——は?」


 目の前から時雨が消えている。

 視線を落とせば、右手には一本の刀。

 これには見覚えがある……ていうか、飾ってあった奴と同じだ。


 はっはーん。魔術だな。

 そういやあいつ、魔術師だったし。

 何かの魔術で刀を移動させたんだろ。


 そう思って再度、家の中の刀に目を向けると、そこには飾ってある刀が。


 右手にも刀、家の中にも刀。

 一本の刀が、二本に増えた。


「ふぅ。これで信じてくれた?」


 再び、温かな感覚が右手に。

 気づくと刀は消えて、時雨が戻っていた。


「お、お、お前……」

「だから最初から言ってるじゃん。僕は君の愛刀だって」

「で、でも、体は人間だし……」

「ああ、これ? 君がくれたんだよ。意思があるのに自由に動ける肉体がないのは可哀想だーって」

「え、俺?」

「うん。未来の君」

「いやいや。刀に肉体を与えるって……未来の俺、何者なんだよ」

「んーとね、王様」


 王……様……?

 なんか今、さらっととんでもないこと言わなかったか?


「聞き違いか? なんか王様って聞こえた気がしたけど……」

「間違いじゃないよ。正確にいえば、このエルラーダ大陸を統治した初の王様だね」


 大陸を……統治……?


「はあ!? 俺があ!?」

「うん。君が」

「んなもん無理に決まってんだろ! どうやってやったっつーんだよ!」

「僕を使って。僕は時と水を支配する魔剣、時雨だよ。数ある魔剣の中でも、最強格の一振りさ」

「刀一本で大陸制覇なんて出来る訳ねえ!」

「まあね。でも君には、僕以外にも強い仲間がいたから」


 心当たりなんて、まるでない。

 こんな夢物語みたいな話を信じろって言われても、俺には無理だ。


「嘘だ! 俺は信じねえ!」

「嘘じゃないんだけどなぁ……まあ、信じなくてもいいけど、これだけは覚えておいて」


 時雨が俺の顔を両手で掴み、ぐいっと顔を寄せる。


「王様になっても君の夢は叶わない。だから未来の君は僕を過去に送ったんだ。ここで僕と出会い、法国兵を討ち倒した時から全てが始まった。でも大丈夫! 法国兵は僕が倒したし、未来は変わった筈だよ」


 王様になっても俺の夢は叶わないか。

 まあ、それはそうだろうな。

 王様なんて大層な身分では、平穏な生活とは程遠い。


 自分で言うのもなんだが、夢に対する執着心は人一倍強い方だと思っていたが……未来の俺。まさか過去を変えてまで平穏な生活を望むとは恐れ入ったよ。

 いいだろう。その心意気、買ってやる。

 王様うんぬんの話はまだ信じれねえけど、平穏を望む俺の気持ちだけは信じられる!


「おい、お前! これから俺はどうすりゃいい」

「………」

「おい!」

「お前じゃ誰呼んでるのか分かんないよーだ」


 さっきまでずっと「お前」で反応してたくせに……この女、気分屋すぎるだろ。


「はぁ……時雨」

「なーに?」

「これから俺はどうしたらいい」

「ここに住んだらいいんじゃない?」

「なんで疑問系なんだよ」

「だって、未来が変わったならもう僕が知ってる未来なんてないし。あとは君が平穏に暮らせる様に手伝うだけだよ」


 行き当たりばったりな作戦してやがる。

 でもなんかこういう深く考えないとこ、俺が立てた作戦っぽいんだよなぁ。

 まあでも、いっか。

 なんでも先を知ってちゃつまらないし、せっかくの土地と家だ。

 時雨の言う通り、ここで平穏な生活を送るのも悪くない。

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