第2話 正体

 相棒? 愛妻? 愛刀?

 つーか、未来からやって来た?

 こいつ、俺をバカにしてんのか?

 いくら戦災孤児の俺だって、こんなふざけた冗談を信じやしねえ。


 そもそも百歩譲って相棒は分かるが、愛妻はお前側が言う言葉じゃねえし、愛刀に関しちゃ物じゃねえか!


 わかった。

 こいつ、俺で遊んでやがるな。


「未来の君ってばさ、僕のことが大好きなくせに隙あらば他の女とも会おうとするんだ。嫉妬させたいからって酷いよね。まあでも、こうして過去に来たからにはもう浮気なんてさせないし——」


 何やら一人で意味不明なことを口走っているが、これは好都合。

 隙を伺い……俺は走った。


「ねえ、待ってよ」

「——!?」


 速っ!?

 あっという間に追いつかれてしまった。


「どうして置いてくのさ」

「お前の遊びに付き合ってる余裕なんかねえんだよ!!」

「遊びで時を超えないって」

「うるせえ! 誰が信じるか! 一人で勝手にやってろ!」


 絶対に撒いてやる!





 ◇ ◇ ◇



「はぁはぁはぁ……オーケー、わかった。話し合おう」


 結果、撒けなかった。

 どこに逃げても並走される。

 平気な顔で、延々と隣を走りやがった。


「疲れた?」

「見てわかるだろ」


 てか、なんでお前は息一つ乱れてねえんだよ!


「ちょっと待ってね」


 時雨が何もない空に手を伸ばすと、掌が消える。


「——!?」

「えーっと……あったあった。はい、お水。喉乾いてるでしょ?」


 消えた手が元に戻ると、皮の水袋が握られていた。


「…………」

「そんな疑わなくても……ちゃんと飲めるよ」


 ゴクリと喉を鳴らし、時雨が水を飲んだ。


「ほら。アッシュも飲んで」

「…………」


 俺は無言で受け取り、一気に飲み干す。

 そういえば、何日も逃げていたから水を飲むのも久しぶりだ。

 ここに来て、一気に疲れが襲って来る。


「ふふ。間接キスだね」

「知ったことか」


 そんなにニコニコして、何が嬉しいのやら。


「パンと干し肉もあるけど、食べる?」

「食う」

「じゃあ食べたら行きたい場所あるから着いて来て。それが条件」

「わかった」


 即答して、食事を受け取る。

 付き添うだけで飯が貰えるなら安いもんだ。


 …こいつ、変な奴だが見てくれはいいな。

 黒く長い髪は編み込まれていて、蒼く澄んだ瞳は晴天を連想させる。

 外套で隠れちゃいるが、隙間から覗く膨らみから見て程よい肉付き。

 奴隷商にでも売れば、高値で買い取って貰えるだろう。

 ……と、邪な考えはここまでだ。

 流石に命の恩人を売り飛ばす程、俺は屑じゃねえ。


「ごちそうさん」

「よし! じゃあ行こっか」

「行きたい場所あるんだったよな。遠いのか?」

「ううん。全然近いよ。たぶん1時間もかからないと思う」


 1時間か……てことは、山の中だな。


「場所はわかるのか?」

「だいたい。まあ、近づけば絶対に分かると思う」

「それってどんなとこだよ」

「未来では消えちゃってさ。最後に見たのは、もう何十年も前だから。でも、アッシュも絶対に気にいるはずだよ」


 俺が気にいる場所がこんな山の中にねえ。

 んな場所、あるかっつーの。

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