第10話「Fドラッグ」
廃工場の前に車を停め、満身創痍でドアを蹴飛ばし外に出た。
そのまま足を引きづりながら廃工場に歩き始めたが、アーバンゲリラは背後に立っていた。
「そこまでして何がしたい。ピエトロ・グロンダン」
突然フルネームを呼ばれ、背筋に緊張が走った。
「なぜ……俺の名前を……。アーバンゲリラ……」
アーバンゲリラの声は篭っており、マスクのためか時々ガスを排出するような音が聞こえる。大昔の名作「スターウォーズ」のダースベイダーのようにも思える。
「上からの要望だ。…………お前を"採用"すると」
「何? 何バカみたいなことを言っているんだ……?」
「もしくは排除だ」
ピエトロはアーバンゲリラに向かって突然走り始めた。拳を固め、今にも殴りかかるようなポーズだったが、焼けただれた足のせいで途中で転んだ。
「ガフッ」
そのまま立ち上がれないピエトロの首をつかみ、アーバンゲリラは持ち上げた。
「情けないぞピエトロ……。俺たちの仲間になるか? 排除されるか」
「排除してみろ……」
そう言われるとアーバンゲリラは黙り、ピエトロを廃工場の中に連れていった。
廃工場の中は嗅いだこともない匂いで満ちていた。
緑色の煙がモクモクと立っている。そしてアーバンゲリラはピエトロを掴んだまま、地下へ降りていった。
「なんだ……ここは……」
廃工場の地下は大きな液体貯蔵庫だったようだ。緑色の液体が泡立っている。
「これが我々が開発した新たなる成分『フロキシン』だ。バカな科学者は自分が発見したと思ってビチウムとかいう名前を付けていたが、これがこの液体の名前だ」
「ゲホッ…ゴホッゴホッ……!」
「ああ。見ても嗅いでもわかる通りコイツは非常に危険だ。……ここに落ちたらどうなると思う?」
「そういう死に方はしたくねえな……」
「ああ。ほとんどの場合死ぬ。だが、フロキシンは未知の成分だ。それ以外の場合もある」
「……?」
「俺は1度ここに落ちた」
それだけ言い、アーバンゲリラはその窯のようなものの中にピエトロを落とした。
ザブンと音がして、アーバンゲリラの金属の鎧に数滴フロキシンが跳ねた。
フロキシンに触れた部分から金属は溶けた。
数秒アーバンゲリラは沈黙したが、ピエトロが上がってこないことを確認すると窯に背を向けた。
アーバンゲリラの腕のランプが赤色に光る。誰かと通信しているようだ。
「だから嫌だったんだ。どうせ無理だ。……Fドラッグの原料はいつ途絶えるか分からない。何も分からないんだぞ? ただ殺した方が早かった」
その時、アーバンゲリラのマスクの中に、なにか肉の焼けたのような臭いが強く漂った。
マスクにガスは入らないが、臭いは多少貫通する。臭いがする方を向いてみると、全身焼けただれた人間がいた。
顔もなにもわからないが、ピエトロだろう。
「生き残ったか……。そんな姿でどうする気だ?」
ピエトロは答えない。だが彼の体からはぺりぺりとなにかが剥がれ落ちる。
彼の身体は焼けただれた訳ではなかった。なにか膜のようなものが彼を守り、それが今剥がれ落ちている。
「ガハッ……!!」
「起きてしまったか……。奇跡が。貴重なサンプルだ」
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