第8話「崩壊する秩序(2)」

「ロードリーダー。どうです? あの少年は」


「正直……少なくともアーバンゲリラではないように思える。10日前のニュースに写った少年と彼を照合してくれ」


「分かりました。この後どこへ?」


「エリア4へ飛ぶ。治安維持出張を依頼されているんだ。だからその前にフラテル・ピースは会わなくては。彼にエリア5を守ってもらわないとな」


「エリア4に? それは……。アーバンゲリラの脅威が高まっています。人民のためにもここはエリア5

に滞在していた方がいいかと」


側近のような男にそう言われ、ロードリーダーはため息混じりに答えた。


「いいか? 俺は政治家じゃない。人民から印象は……どうでもいいとまでは言わないが重要じゃない。最優先事項は人類の安全だ。ここ以外のエリアにはヒーローと呼べるに十分な人材が居ない。エリア5だけじゃなく、世界が俺を必要としている」


機嫌の悪いロードリーダーに説得されたような形で、男は黙った。


「フラテルに話をつける。彼だけで何とかなるはずだ」


─────PM 5:48


床が冷たい。


試しにベッドに横になってみたが、僅かに動く度に大きく軋む。


枕は黄ばんでおり、妙に汗臭い。


ピエトロは苛立ち硬いコンクリートの壁を何度も叩いた。


ぺちぺちという情けない音が獄中に響く。


「新入り。どうした?」


隣の牢から声が聞こえる。だが犯罪者と話すものか。ここにいる者は自分以外全員ゲスだ。


「おい、新入り! そのぺちぺちをやめろ」


「新入りじゃない! 俺はここには入らない。お前たちは一生ここでクサイ飯を食っていろ」


ピエトロの挑発にも、案外隣の囚人は冷静だった。


「まあそう言うなよ。俺たちは仲間だぜ。みんな最初はそう言う。……まあ10年経てば己の罪を自虐してるぜ」


「腐れ外道が」


「俺はシュガー。ここに8年入ってる。自慢じゃないが1番の古株だ」


「8年? この刑務所が出来てから入ってるのか?」


「ああ。災害犯罪人だ。古株なのに差別される」


「ロードリーダーに?」


「そうだ。奴にぶち込まれた。誰も住んでいない民家から金を盗んで何が悪い? 言わばただの空き巣だ。なのに災害犯罪とかいう大層な名前をつけられて、もう8年だ」


「災犯はカスだ。殺人と同程度のな。人類が弱って協力していかない時にそんなのがいたら復興できない」


「一応俺はイギリスの参議院議員だったんだ。金は困ってなかった。ほんの興味でやってみたんだよ。だって家主はもう死んじまってる。俺が盗まなかったらどうなってた? 紛失されるか政府のものになるだけだ。政府は災害犯罪人じゃないのか?」


「イギリス? ……政府は人民のために使ってる。災害紛失基金としてな。お前と一緒にするな」


「お前……イギリスを知らないのか?」


男の声色が突然変わった。今までの余裕のあるトーンから、焦りと困惑の交じった必死な声色になった。


「……正直俺は頭は良くないからな。恥ずかしいことか?」


「…………嘘だろう? ドイツは?」


「昔映画で見たことがある。ロードリーダーをモデルにしたヒーロー映画だ。それの敵組織かなにかだったな」


「フランスは?」


「……フラテル・ピースの生まれ故郷だったか?」


横からぺちんという音が聞こえた。姿は見えないが声色と音から判断するに額に手をあてたようだ。


「8年で随分世界は変わったようだな。エリアと呼ぶようになったのは聞いていたが……ここまでとは……」


「まあ多分マーカスとかなら知ってると思う……。それに関しては俺がバカなだけかもしれないな。そう気を落とすことは無い……」


ふとなぜか男を慰めていることに気づいて、ピエトロはため息をついた。


「ロードリーダーは世界を変えたんだ。」


「良くも悪くもな」


「悪い所は何もない。最悪だった治安は今では最高にいい。少なくともエリア5に関しては、災害以前の治安よりも良いらしい」


「そうか。俺は外の情報を知らないからな。何も言えないが、人民はロードリーダーの傀儡になっていないか?」


「なっているわけない……」

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