第2話「救いの手(1)」

──────あの日、世界は終焉を迎えかけた。


大地は割れ、汚染され、人は人を傷つけ始めた。


秩序など、人間は持っていなかった。ただ混沌がひたすらに続いていくと誰もが感じた。


だが、その混沌に射す一筋の光があった。彼は希望を信じて、遺された小さな命を救った。


彼はその小さな手を取り、瓦礫から持ち上げた。


その後、彼は人民からこう呼ばれることになる。


『ROAD LEADER』と。


──────────────


港町。

広大な海からは風に乗って潮風が漂う。


波打ち際で、青年が2人座っていた。


「わかるか? この街はもう腐ってる」


「え?」


「アーバンゲリラだ。また現れた。今度は警官の首に爆弾を巻き付けて放置だと」


「ああ。でもよ、ピエトロ……悪いことばっかりじゃないだろ? 俺はここから見る海岸が好きだ」


「そうだな。俺もまさに同じだ。だが、どうだ? 数年後もこの美しい海岸が守られている保証は?」


そう彼は言った時、いっそう強くなった波風が彼らを打った。


「ないけど……」


少し肌寒いらしく、彼らのうちの片方は上着の袖の中に手のひらをひっこませた。


「ああ、だから俺はこの街の"救世主"になる。Savior(救世主)と呼べ」


「セイビアー? ……じゃあ俺のことはなんて呼ぶ?」寒そうにしながら訊く。


「なんだっていい。とにかくだ、ハンバーガーにはキャベツが必要なように……この街には"ヒーロー"が必要だ」


「キャベツじゃなくて、レタスだろ?」


「そういう話をしてるんじゃない。いいか? ……8年前、……あの"災害"から世界が立ち直ったのは、誰のおかげだ?」


ピエトロがそう言うと、ずっと適当に返事をしていた彼がため息を漏らした。


「ロード・リーダーだろ? ……お前からその話は腐るほど聞いた。 ……正直飽きてる」


「10歳で……どこにいけばいいかもわからず、ただ瓦礫の中で泣いていた俺を、彼は救いあげた。 そのお陰で俺は今も生きてるし、これからも生きていく。……俺はそうなりたい」


「ああ、そうか。大抵のやつは彼に憧れてるもんな」


「一緒にするな。俺は彼に選ばれた。数十万いるうちの1000人に選ばれた。手の手を握りあって、救われた。 ……俺も"ヒーロー"になれる」


「ヒーローね。そう言っちゃ聞こえはいいけどさ、お前はただのヒトだ。ヒーローの条件はなんだっけ?」


「……法的には"認可された特別な力"を持っていなきゃならないが、彼は言ってる。"誰もがヒーローになれる素質を持っている"ってな」


「そうか、じゃあ俺もヒーローになろうかな」


「馬鹿言え、お前は弁護士になりたいんだろ、ジョンソン家はずっと弁護士の家系だとか」


2人はキョロキョロあたりを見回しながら話す。


「ジョンソン家はそうだが、俺は"マーカス"だ、弁護士になる必要は無い。マーカス・ジョンソン。俺がヒーローになったっていいだろ」


「いやぁ、お前には無理だね。 俺がなる。弁護士としてお前は裏方に回してやるよ」


「……まあ俺は別にヒーローになるたいわけじゃねえから、いいけどよ……」


その時、どこかから警察のサイレンの音が鳴り響いた。


「ほら、街はヒーローを欲してる」


ピエトロはそう言って駆け出し、マーカスはそれをぼんやり見つめていた。


その日、ピエトロは帰ってこなかった。

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