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『真里、今日は新学期早々に悪かったよ。頭冷やしたいから先に帰っているね〜また明日!』
放課後、恭ちゃんからこんなメールがきていた。先に帰った。
今までもバイトがあるからとかの理由で先に帰ることは珍しくなかったけど、昼休みにあんなことがあってもメール一通で済ませるとは。
愛されている以前に、大事にされている感覚すらない。
私はここまでの二年間を振り返った。決して楽しくなかったわけではないと言い聞かせて……。
あれは高校一年生の冬。私たち二人は映画を観に来ていた。
映画を観終わり中から出ると別のシアターからうちの学年で社会科を担当している桑田先生が出てきた。
「あっ、桑田先生」
と恭ちゃんが声をかける。
「おー磯村と吉川。なんだ、お前たちも観に来ていたのか」
「ほんとに映画好きなんですね。お一人ですか?」
「そう言われるとなんだか寂しくなってくるな。飯でも食いに行くか? 奢ってやるよ」
「本当ですか! やったー」
という流れで私たちは桑田先生にご飯を奢ってもらい食事代がういた、やったね! と得した気分でその日のデートを終えたのであった……って、今振り返ってみるとカップルの思い出としては微妙であることに気が付く。
あの日、自体は楽しい一日であったのは間違いないけど、気前が良い先生というのが目立つ。もっとこれぞ青春の一ページと言える思い出は……。
そういえば、初めてキスをしたのはいつだっけ? えーっと、
「ねぇ、私たちまだキスってしたことがないよね? そろそ……」
あぁーダメだー。結局ここでも私が思い切って言ったんだった。
そんなぎこちないキスだったからか、あっこんなもんなんだ、という感想しかなかった。唇と唇が触れ合うってもっと特別なものだと思っていただけになんだか呆気なかった。
ほっぺにキスするのとなにが違うのだろう? というくらいに。
外見だけを見れば文句ないんだけど、いざ付き合うという関係になった時、二人っきりになって話しても会話が続かないことも多かった。共通の趣味もないし。それで正直どこかで苦しい、とも思っていたかも。
だったらせめて下品な話、互いの性欲を満たすためだけみたいな関係になってしまう場合もあるんだろうけど、それもなかった。
私としてはもう少し段階を踏んでからと考えていて、まだそこまでいっていないと思っているうちに気がつけば二年という月日が経ってしまったというわけか。
今、痛感しているのは相性というものがあるということ。これはなにも恋愛に限ったことではない。だから仲良くなれる人となれない人が出てくるんでしょ。
栗田と佐々木を見た時に同類、お似合いだと誰もが思うだろう。ライオンの雄はシマウマの雌とくっつくことがないように、いくら人間という同じ種類の生き物でも、そこからさらに細く分類されるものなんだ、我ながらに分かりやすい例えが浮かんだ。
私はハムスターみたいに可愛いって恭ちゃんから言われたことがある。なら恭ちゃんは……鷹みたいな孤高の存在かな?
鷹とハムスターだと私は餌にされるのがオチだ。餌として見向きもされなかったけど。
私はいよいよ限界だと悟った。ここからの一年間で劇的に仲が深まるとは思えない。むしろ今日の一件で悪化しているように見える。ならもう……。
「私たち、もう別れようかなって思っている」
私は放課後の教室内でえみに話した。
「そうなの。やっぱりダメだった?」
「なんか嬉しそうじゃない?」
「そんなことないって」
と言いつつどこか顔はニヤけている。
他人の別れ話ほど楽しいものはないか。まったく。
「まだ私が勝手に思っているだけなんだけど、えみの言う通り二年間、付き合っているわりには随分、寂しい日々だったって気がついたの。肉体関係にまだなっていないとかそんなの抜きにしても、ほんとにこれで恋人同士なの? っていうくらい」
「みんなの前では控え目にしている空気読むカップルだなとは思っていたんだけど、本当にその程度だったってことなんだね」
「う……うん。手繋いだり、肩並べて歩くだけでもう満足みたいな」
と言うものの、手を繋ぐことすら当たり前にできていなかったかもしれない。もう、私たちって本当に付き合っていたの?
「まっ、元気出しなよ。真里ならまだすぐに新しい彼氏できるって」
「はぁ〜でも別れようって言うのしんどいな〜」
「一切、口をきかないようにして向こうから察してもらえば?」
「それでいつになることやら、そっちが心配」
「あのっ、ちょっといいですか? 急に話しかけてきてすみません」
思わぬ来客がやって来た。いつも図書室に居るイメージしかない同じクラスの眼鏡をかけた奥村さん。さっきの相性の話でいくと私とは全く合わない。これまで一度もまともに会話したことがない彼女がいきなり話しかけてきた。一体なぜ?
「はい、なんでしょう?」
慣れない人との会話にえみは敬語で応じた。
「盗み聞きするつもりはなかったのですけど、戻ってきたら聞こえてきてしまったので仕方がないと思ってください。あの、私の聞き間違いでなければ磯村くんと吉川さんはもう別れることになったのですか?」
「あぁ、そうだね、もう限界かな〜なんては思っているかも」
他人の別れ話に反応する子には見えないのに、わざわざ確認してくるなんて、そんな私と恭ちゃんが別れることに皆、興味津々なの? もう最悪っ。
「そうですか。わかりました」
目をつむり息を吐く奥村さん。
「ちなみにですけど、なんで別れることになったのですか? そのやっぱりお互いタイプじゃなかったとかの理由で」
「え〜っと、教えないといけないかな? 申し訳ないけど私たちってそこまで関係が深くないと言うか……」
「あっ、申し訳ありませんでした! つい先走ってしまい。私、実は磯村くんのこと一年生の頃から好きだったんです。でも、吉川さんと付き合うことになったという話を聞いてからはもちろんこの想いは胸にしまっておいたのですが……」
猛烈に頭を下げながら話す彼女。ここまで聞けばなぜ別れる理由を知りたいのか納得した。今度は彼女が……。
「要は恭ちゃんの好みのタイプが知りたいってことね。それで奥村さんがそれに近かったら思い切って告白すると」
「きょ、恭ちゃん……」
彼女は顔を赤くしたような表情に変わる。もしも自分がその呼び名で話しかけるところを想像、いや妄想したのかな。
「す、すみません。はい、可能性は低いと思っているのですが、どうせならこの想いをぶつけて卒業する方がスッキリすると思いまして」
「う〜ん、残念ながら有力な情報をあまり教えてあげることはできないんだけど、ただ言えるのは恭ちゃん身長が百六十センチ以下の女性と付き合いたいとは聞いたことがある。小さい子が良いみたいね。それにあてはめると奥村さんは……」
「百六十五センチあります」
いきなりこの世の終わりみたいな顔で自分の身長を言った。その情報も付き合う前に話していたことで今でもそれが有効なのかは分からないから、教えない方が良かったかな。
「あぁ〜そうなると吉川さんが付き合うことができたのは納得ですね。磯村くんはあまりモデルみたいな背の高い女性はタイプじゃないってことでしょうか?」
「そうなのかな〜でも、さすがに例えばあやみたいな子を目の前にして興奮しない男子っているのかな?」
「あやさん、たしかに。あんなスタイル抜群の女子から告白されたとして、断る男子がいたらどんだけモテるんだってなりますよね」
「呼んだ、私のこと? なに話しているの」
噂をすればなんとやら。そのあやが教室に入って来た。
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