【01-1】田村薫の回想―ジギタリス(1)
「これは中学3年の時の話なんですけど。
一番仲のよかった友達で、マイっていう子がいたんですよ」
そう言って話し始めた田村薫の口調があまりに真剣だったので、蘭花はテキーラを、弓岡恵子は焼酎ロックをキュイっと飲み干し、彼女の話に聞き入っていた。
栗栖純子まで箸を止めていたので、かなり深刻な事態のようだ。
***
うち田舎だったんですけど、その子の家は代々の地主で、結構お金持ちだったんですよ。
だからマイは生活に不自由があった訳じゃなくて、おっとりしたいい子だったんです。
ただお母さんが、マイがまだ小さい頃に亡くなってて、彼女が中学に入学した頃にお父さんが再婚なさったんですよ。
別にマイはそれを嫌がってたとか、新しいお母さんが嫌いだったとかではなかったんですよね。
どちらかと言えば、お父さんの再婚を喜んでいたんです。
と言うのは、マイのお父さんはその頃心臓を患っておられて、再婚される前は少し体調を崩してたみたいなんです。
だからお父さんの体調管理をしてくれる人が来てくれたって、安心してたんですよ。
新しいお母さんと言うのが、お父さんが当時通院していた病院の看護師さんで、そこで知り合ったみたいなんですね。
だから、医学の専門知識がある人がお父さんと結婚してくれたって、喜んでたんですよ。
ところが私たちが中三になった時に、マイのお父さんが突然亡くなったんです。
死因は急性心不全でした。
元々マイのお父さんは心臓が悪かったんで、病死ということになったんですよ。
誰も疑いは持ちませんでした。
もちろん私は部外者だったんで、全部後から聞いた話なんですけどね。
マイはお母さんに続いてお父さんまで失くして、かなり落ち込んでました。
当たり前なんですけどね。
まあここまでは、中学時代の友人に起こった不幸な出来事というだけなんですけど。
この後の話が、私の中でずっと引っ掛かってるんですよ。
***
「げっ、すっげえシリアスっぽいじゃん。
それって、飲み会の議題としては相応しくないんじゃね?」
弓岡恵子が引き気味に茶々を入れると、栗栖純子もそれに同調する。
「薫ちゃん、その先の話しって、もしかして重すぎない?」
「ちょっと待って。
折角薫ちゃんが話してるんだから、最後まで聞こうよ」
そこですかさず蘭花が取りなしたので、田村薫は頷いて話を続けるのだった。
***
マイのお父さんの、お通夜の晩のことなんですけど。
私、見てはいけないものを、見たような気がするんですよ。
お父さんの後妻に入った方は、マサヨさんという名前で。
マイもさすがにお母さんとは呼びにくかったらしくて、「マサヨさん」と呼んでいたんですよ。
だからと言って、関係が上手くいってなかったとかじゃなかったんですけどね。
そのマサヨさんなんですが、ちょっとぽっちゃりした体形のおっとりした雰囲気の人で、私が遊びに行っても愛想よく接してくれる、優しい雰囲気の人だったんですよね。
それでお通夜の晩の話に戻るんですけど。
お通夜はマイの家の近所のお寺で行われんです。
中学生だった私は学校があるから、次の日のお葬式に参列する訳には行かなかったんで、お通夜に参列することにしたんです。
マイはお父さんが亡くなったのが、かなりショックだったみたいで、憔悴してました。
私も声が賭け辛くて。
お通夜が終わってからもマイのことがきになったんで、暫く会場に残って彼女のことを慰めてたんですよ。
でも時間も遅くなったんで帰らなくちゃと思って、10時過ぎに会場を出たんですよ。
そしてお寺の境内を歩いていたら煙草の匂いがして。
誰か煙草を吸ってるんだと思って、何気なくそっちを見たらマサヨさんが喫煙所にいたんです。
ああ、マサヨさんは喫煙者なんだと思って、何気なく彼女の顔を見たら、彼女凄く嬉しそうに笑ってたんですよ。
その笑顔の意味は分からなかったんですけど、物凄く怖かったんです。
だから私、その場を逃げるように離れたんです。
マイのお父さんのお葬式が終わった後も、ずっとそのことが気になってて、どうしても訊きたくて、マイを誘って話を聞いたんです。
流石にマサヨさんがお通夜の晩に笑ってたとかは言えなくて、さりげなくお父さんが亡くなる前に何か変なことがなかったか訊いてみたんです。
マイは私の質問に暫く考え込んでいたんですけど、やがて思い出したように話してくれたんです。
それは特に変な話とかではなかったんですけど。
マイはずっと気になってたみたいなんですよね。
それが何かと言うと、マサヨさんが作る料理の味だったんです。
***
「料理の味ってどういうこと?」
田村薫の言葉にすかさず弓岡恵子が突っ込む。
この二人は学部こそ違うが、同じ学年の同じ茶道部員だったということで、お互い遠慮がないくらい仲がよかったのだ。
「まあ、もうちょっと黙って聞いててよ」
田村薫はそう言って弓岡恵子を制すると、話を続けた。
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