第5話 普通ではない行動

朝食を終え、俺がキッチンで食器を片付けている間、華乃はリビングのソファに腰掛けてじっと俺を見つめていた。本来なら帰る準備をするはずなのに、何かを考えているような表情で、微動だにしない。


俺は食器を洗い終え、手を拭きながらリビングに戻ると、少しだけ視線を逸らした彼女が目に入った。


「華乃、帰る準備しなくていいのか?」

ソファに腰掛けながら、俺は軽く尋ねた。


すると、彼女は一瞬驚いたように目を丸くした後、口を開いた。

「……別に急いで帰らなくてもいいよね?」


その言葉に俺は思わずドキッとした。彼女の声はいつもより少しだけ小さくて、どこか甘えるような響きが混じっていた。


「そりゃ、いいけどさ。」

そう言ったものの、心の中ではなぜか動揺している。だって、これはどういう意味なんだろう?華乃がこんなふうに居座るのは珍しいことだ。


「……ねぇ、輝人。」

華乃がぽつりと俺の名前を呼ぶ。その声に視線を向けると、彼女の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていて、さらに心臓が跳ねる。


「さっき、私もずっと輝人のことが好きだったって言ったよね。」

突然、そんなことを言い出して、俺は固まった。


「あ、ああ……言ってくれた。」

頷きながらも、何か言葉の続きを待っている自分がいる。


「でもさ、こうやって二人でいると……まだ信じられないんだ。」

華乃は少し寂しそうな顔をして、視線を膝の上に落とした。


「信じられないって……俺が華乃を好きだってこと?」


「ううん、それもあるけど……私たちがこんなふうに一緒にいられるのが、夢みたいで。」


その言葉に、俺は思わず黙ってしまった。華乃の中で、これまでどれだけの不安や迷いがあったのかを考えると、胸が少し痛む。でも、だからこそ俺は彼女の手を取り、はっきりと伝えた。


「これが夢だとしても、俺は絶対に華乃を手放さないよ。」


華乃は驚いたように俺を見つめた後、ゆっくりと微笑んだ。その笑顔が本当に愛おしくて、俺も自然と笑顔になる。


「……もうちょっとだけ、ここにいてもいい?」


「ああ、好きなだけいてくれ。」


俺たちはそのままソファで並んで座り、時間を気にせず穏やかな朝を過ごした。そのひとときが、俺にとって何よりも幸せな時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る