第2話 やってしまった…

華乃がベッドに横たわり、静かに寝息を立て始めたころ、俺はその隣で心の中がざわついていた。彼女が目を閉じて眠りにつこうとする姿を見ると、俺の胸の中にずっと抱えていた想いが膨れ上がってきた。


「おやすみ、好きだよ。」


気づけば、小さな声でそう呟いていた。心臓がドキドキと高鳴る中、俺は衝動に駆られ、そっと彼女の唇に優しくキスをしてしまった。


その瞬間、頭の中が真っ白になった。「俺は、何をしてしまったんだ?」と。自分が一線を越えてしまったことに、後悔と焦りが一気に押し寄せる。華乃が気づかないうちに、何事もなかったかのように過ごせればいい、そんな思いがよぎった。


だが、数秒後、ふと感じた違和感に視線を向けると、華乃が目を開けて、俺を見つめていた。何も言わない彼女の瞳が、月明かりの中で光っていた。その瞬間、どうするべきか分からなくなり、ただ彼女の反応を待つしかなかった。


華乃と目が合った瞬間、時が止まったように感じた。俺の中のあらゆる思考が暴走して、「やばい!終わった!」という声が頭の中をぐるぐる回る。


華乃は何も言わず、じっと俺を見つめている。その目の奥に何を感じ取るべきなのか、俺には全く分からなかった。ただ、一つ言えるのは、逃げられない――ということ。


「あ、いや、その、えっと…」

なんとか口を動かして言い訳を探そうとするけれど、全てが空回り。これ以上、自分の墓を掘るようなことはしたくない。


すると、華乃がゆっくりと口を開いた。

「……今、キスした?」


声が静かすぎて、逆に怖い。もう、言い逃れはできない。俺は観念して、頭をかきながら答えた。

「……うん、した。」


華乃は少し眉を寄せ、唇に触れるように指を添えた。その仕草がなんとも可愛らしくて、そんな時じゃないのに胸が高鳴る。俺は完全に挙動不審者だ。


「……なんで?」

静かな一言。でもその裏に、何かを探るような響きがあった。


「なんでって……」

俺は迷いながらも、言葉を選ぼうとする。だけど、この状況で嘘をついても意味がない。覚悟を決めるしかなかった。


「……好きだから。ずっと前から。」


そう言った瞬間、部屋の空気が変わった気がした。華乃は一瞬驚いたように目を丸くしたけれど、すぐに何かを考えるように視線を落とした。そして、まるで俺の告白を反芻するように、ポツリと呟く。


「ふーん……そっか。」


え、そっか?それだけ?それってどういう意味?俺が動揺しているのを尻目に、華乃は布団を直して横になる。


「……おやすみ。」

そう言って、再び目を閉じた。


いやいや、待ってくれ!俺の心臓が爆発寸前なんだけど!?しかも、何も答えてくれないの!?俺の「好き」を、今の「ふーん」で終わらせるつもり!?


一晩中、俺はその言葉の意味を考え続ける羽目になった。でも、寝返りを打った華乃の顔は、なんとなく頬が赤い気がして――もしかしたら悪くない結果だったのかもしれない、と小さな希望を抱きながら目を閉じた。

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