Flowey

ほたる

1月 スイートピー

 冬の朝、冷たい風が街を吹き抜ける。薄暗い空の下、雪がちらちらと舞い落ち、地面に白い絨毯を敷き詰めている。そんな中、ひときわ目を引くトラックが一台、街角に泊まっていた。

 色とりどりの花鉢に囲まれたトラック。

 白を基調とした車体には「flowey」という控えめな文字が描かれ、側面はガラス張りで車内には色とりどりの花々が並んでいた。

 冬の静寂の中、そのトラックは花々の鮮やかな色彩はまるで小さな灯火のように人々の目を引いていた。

 そのトラックの反対側、小さなカウンターに黒いエプロンをつけた男性がひとり。

 彼はこの移動花屋「flowey」の店主。胸元の名札にはひらがなで「ふしみあゆむ」と書かれていた。

 黒髪に柔らかな笑顔をたたえたその青年は、寒さの中でも温かい雰囲気を漂わせ、冬用の白いセーターにエプロンを身に着けた姿は、まるで寒い季節に差し込む一筋の陽だまりのようだった。

 トラックの周りには、季節の花々が並べられていた。スイートピーをはじめ、赤や白のカーネーション、そしてユーカリの葉が、冷えた空気の中でも優しく香りを漂わせている。

 午前11時ごろ。

 一人の若い女性が訪れた。

 マフラーをしっかり巻き、厚手のコートを着込んだ彼女は、寒さで赤くなった頬を手で覆いながらカウンターに近づいた。


「こんにちは。寒いですね」と


 歩夢が柔らかく声をかけると、女性はほっとしたように微笑んだ。


「こんにちは。花束をお任せでお願いしたいんです」

「もちろんです。何方かへのプレゼントですか?」


 歩夢が尋ねると、女性は少し迷いながら答えた。

「実は、先日転職した先の同僚とこれからランチなんです。お世話になったお礼と応援の気持ちを込めたいんですけど…どんな花がいいか分からなくて」


 歩夢は頷きながら、花を見回す。


「それなら、スイートピーを中心にした花束はいかがですか?スイートピーには“門出”や“旅立ち”という花言葉があるんです。転職を機に新しい人間関係を築くという意味でぴったりだと思いますよ」

「そうなんですね。それでは、それでお願いします」


 歩夢はスイートピーの淡いピンクをメインに、白いカーネーションとグリーンのユーカリの葉を組み合わせ、上品で柔らかな花束を作り上げた。


「優しい色合いで、新しい環境でも穏やかな気持ちになれるようにまとめてみました」


 歩夢が説明すると、女性は花束を受け取りながら「本当に素敵です。ありがとうございました!」と笑顔で帰っていった。


 その後も、歩夢の店にはさまざまな人々が訪れた。小学生の男の子が「お母さんに渡す花束を作ってほしい」と頼んできたり、中年の男性が「久しぶりに会う友人に贈りたい」と相談してきたり。どの注文にも歩夢は丁寧に耳を傾け、それぞれの思いに合った花束を作り上げた。

昼過ぎ、店に一人の青年がやってきた。黒いコートに身を包み、どこか疲れた様子の彼は、カウンターに立つと少し戸惑ったように「花束をお任せで」と短く言った。


「分かりました。こちらは贈り物ですか?」


 歩夢が尋ねると、青年は少し目を伏せた。


「…自分への花束です。最近、いろいろあって、何か明るい気持ちになれるものが欲しくて」


 歩夢はその言葉に静かに頷いた。


「それなら、スイートピーとユーカリの葉を使ったものにしましょう。スイートピーの花言葉には、“別れ”や“門出”もありますが、“感謝”や“前向きな気持ち”も込められています。新しい自分を祝うにはぴったりですよ」


 歩夢は淡い黄色のスイートピーを中心に、白いバラや青いスターチスを組み合わせ、清々しい花束を作り上げた。


「優しい色合いが、新しいスタートを応援してくれると思います」と花束を手渡すと、青年はしばらく花を見つめた後、穏やかな表情で「ありがとう」と言った。


 日が傾き始め、街が夕闇に包まれるころ、「flowey」はその日の営業を終えた。歩夢は片付けをしながら、今日訪れた人々の顔を思い出していた。花束はただの贈り物ではない。その人の思いや気持ちを形にし、相手の心に届けるものだ。

 トラックの窓越しに見える街灯の明かりが、少しずつ夜の帳に溶けていく。冬の冷たい空気の中でも、歩夢の作る花束が、訪れる人々の心を少しでも温められているのなら、それが何よりの喜びだと彼は思っていた。

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Flowey ほたる @FLOREMA

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