第4話

「作戦は以上だ。俺が合図を出したら、実行に移れ」


 作戦を伝えると、ハルは買っておいたメロンパンを賀来に放った。

 それをむしむしと囓りながら、賀来がリストを捲っていく。


「あらら。これ、全部一年生じゃないの。なんだか可哀想ねぇ」


「可哀想なのはクソガキどもに手を煩わされているこの俺だ!」


 くそっ、とハルは自分のメロンパンを食いちぎった。


「代表のガキが理事長の甥っ子だけに蹴り捨てるわけにもいかん。だが成立させることなど言語道断、猫が三回まわってチュウと鳴いても有り得ることじゃない」


「それで僕が締め上げていってどうにかなるわけ? 前のボクシング部とはわけが違うんじゃない? その子、我らがセイラ様の従弟様であらせられるのでしょ?」


「言っただろ、奴には手をださん。だがそのまわりはゴッソリ削いでやる」


「まぁハルくんの頼みならやる分にはやるけどね」


「最後の手段だ。お前を使わないでいいなら越したことはない。お前はやり過ぎるからな」


「褒められると照れちゃうなぁ」


 ハルは悪びれない賀来に眉をひそめた。


「にしても何故、この俺がこんなゴミのようなことで気を揉まなければならない!」


「ワオ。久しぶりってくらいに機嫌悪いね。もしかしてお月様の日?」


「俺は何が嫌いって消灯後に聞く蚊の羽音ほど嫌いなものはないがな、奴らのしてることはそういうことだ。何もできんくせに存在ばかり主張しやがる。鬱陶しい!」


 総合格闘技クラブ入部希望者のリストを作ってみてわかったことだが、皆一年生で一度は他の格闘クラブに所属している。

 しかし練習の厳しさに耐えられず、逃げ出した者ばかり。代表者の望月正之も、一度は空手部に入部しているが、一月も経たずにやめている。要するに、総合格闘クラブというのは根性なしの集まりなのだ。そんなものに悩まされていることが、ハルは腹立たしくて仕方なかった。

 何より、代表者である望月正之に自分の立場を軽んじられたことが気に入らない。


「あのクソガキ、自分の力でもないくせに、調子に乗りやがって」


「望月家に生まれたってことがもう一種の才能でしょ」


「運がいいってだけだ! 何の価値もない!」


「運がいいってことは、世の中の大方より価値があることだと思うけど」


 賀来がメロンパンを食べきると、カフェオレの底をすすった。


「望月にあらずんば人にあらず」


 賀来が口にする。

 ハルは聞こえていない振りをしながらも、奥歯でメロンパンを噛みつぶした。


「この町で望月の家に生まれたってことは、何にも増して価値あることさ。なにせ望月による望月のための望月の町――望月市だからね」

 

 ■


 企業城下町。

 ある企業が生み出す巨大な雇用に依存した町。町はおろか市そのものがその企業がおさめる法人税で運営されているような場合もあり、望月市はまさにその典型だった。

 望月コンツェルン。

 もとは望月製紙と言われた一企業に過ぎなかったものが、半世紀前の恐慌の際に資本に物をいわせ数多の会社の株を取得し、一大コンツェルンへと成長した。

 そんな望月コンツェルンを牛耳る望月家の権力は、この市内においては隅々にまで及び、また不可侵であるほどに強力であった。市の行政にずらりと名を連ねる望月姓を見れば、望月市が望月帝国と揶揄されるのもわかるというもの。


 望月にあらずんば人にあらず。


 望月の血をひくということは、この町において何よりのステータスだった。特に本家筋であり、望月帝国の頂点に君臨する望月嵐の血をひくことは。

 そんななかにおいて。

 ハルは望月の血筋はおろか望月グループからも無縁で育った〝外様(とざま)〟だった。

 外様はこの町で何かを得ることも、何かを成し遂げることもない。ただ残り物を漁るだけの存在。目をつけられぬよう低く低く頭を垂れ、邪魔にならぬように生き長らえる生まれながらの幽霊。そう決めつけられてきた。

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2025年1月11日 19:00
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覇道による学園戦略~第一戦:鬼の風紀委員長VS大企業の息子~ @onizuka2025

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