見慣れた街で
ブロロロロ、原付のエンジン音が静かな住宅街に響く。朝の薄い陽射しに照らされた通学路には、制服姿の生徒たちがぽつぽつと歩いている。その中に、私のように原付を飛ばしているやつなんていない。
視線が刺さるのを感じながらも、私は気にせずスロットルを軽く回した。
この街は好きだけど、ちょっと窮屈だ。真面目でいい子にしていないと、すぐに何か言われる。だから、私は“いい子”を辞めた。それだけの話だ。
お気に入りのヘルメット――黒に近い赤に星型のステッカーを貼ったやつ――を被り、高校指定のブレザーを軽く羽織る。下はスカートじゃなくて男子用のズボン。多様性とかいう最近の文化のおかげで、こんな格好も認められている。学校には感謝してる。少しだけ。
視界の先、歩道を歩く一人の男子が目に入った。髪も整えず、オシャレなんかまるで興味がない。誰も気に留めなさそうな、冴えない男子生徒。
私の幼馴染、桜井真人だ。
「よっす。今日も相変わらず眠たそうな顔してるね。」
驚かせてやろうと原付を横付けして声をかけると、真人は一瞬驚いた顔をしてから軽く頭を下げる。
「おはよう。ってか、また原付で…。怒られても知らないよ。」
相変わらず私の目を見ない。視線はどこか違うところに向けられている。
「大丈夫だって。学校にはこれで行かないし、途中で友達の家に停めさせてもらうから。」
私はそう言いながら彼をじっと見つめた。でも、彼は私の視線から逃げるように歩き出す。
「その友達も、よく停めさせてくれるよね。普通、迷惑じゃない?」
「許可は得てるし、大丈夫だって。」
真人が無表情で返すのが妙に癪だった。だから、ちょっと意地悪を言いたくなる。
「後ろ、乗せてあげようか?」
「いや…遠慮するよ。先生に見つかったら怒られるし。」
「びびり。」
「不良。」
私が小さく笑うと、原付から降りて真人の横を歩き始めた。冷たい朝の空気が、私たちの間を満たす。
「ねぇ。」
しばらく無言で歩いた後、真人がためらいがちな声で話しかけてきた。
「何?」
何を言いたいのか、なんとなくわかる。どうせまた、こんなことを言うんだ。
――離れて歩かない?――
「あのさ、僕とは離れて歩かないの? 一緒にいると…その…」
ほら、やっぱり。
「私は周りの目なんて気にしない。気にしたところで、いいことなんて何にもないしね。」
尖ってるだとか、裏で何を言われようが関係ない。私は私だ。
そう言ったけど――ほんの少しだけ、胸がチクリとした。
「いや…冬野はよくてもさ。」
真人の小さな声に、私は目を細める。
「何? 嫌なの?」
真人は俯きながら首を横に振った。
「嫌だとか、そういうんじゃないけど…。僕はその、陰キャだからさ。」
「おおっ、自覚してるんだ。なんか笑える。」
からかうように言うと、真人は肩をすくめた。
「まぁ…事実だからね。陽キャみたいに騒ぐの嫌いだし、外に出るのも面倒だ。僕は根っからの根暗で陰キャなんだよ。」
「昔は違ったくせに。」
私がそう指摘すると、真人は少し困ったような顔をして目を伏せた。
真人は高校に入る前、大勢の友達に囲まれ、いつもその中心にいたからだ。
「……あの頃は、無理してたんだよ。」
真人の言葉が、ふわりと寒い風に流れる。
「よっす。」
不意に、横から聞き慣れた声が聞こえた。
「よっす、瑠美。」
顔を向けると、マフラーで顔を半分隠したお団子ヘアの女生徒が立っている。瑠美――私の親友だ。
「今日はそこに原付止めていいってさ。」
瑠美に感謝して原付を停め、小走りで戻ると、真人の姿はもう遠くに消えていた。
「比呂の彼氏、相変わらず愛想ないね。」
瑠美がニヤリと笑う。
「だから、彼氏じゃないって。」
そう言い返しても、瑠美のからかう目は変わらない。
「でさ、聞いた? あんたとあんたの彼氏のクラスに転校生が来るって。」
「転校生?」
「うん、女の子らしいよ。結構美人だって噂。」
瑠美がわざとらしく私の顔を覗き込む。
「だから、彼氏じゃないって!」
瑠美は「はいはい」と軽く流し、笑いながら歩き出す。その後ろを追いながら、私は心の中で小さく息を吐いた。
私達のクラスに転校生――どうせ、真人には関係ないだろう。
そう思いたいのに、妙な胸騒ぎがするのはなんでだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます