第3話

 翌朝、きちんとお供え用に色鮮やかに仕上げてくれた鯛を持ち、塁くんがやってきた。

 彼は目に見えて挙動不審気味の私の様子に、終始楽しそうに笑っていた。昨日の今日で何かが大きく変わったわけでもないが、なんだか見つめてくる視線が甘々しい・・・気がする。それに、少しばかり物理的な距離も近くなっている気がしてソワソワした。

 つきあってくれるという塁くんに甘え、巫女の作業服に着がえ小高い裏山の中腹にある山の神様の祠に行く。

 下の神社、つまり私が襲われた神社の方は、近年遷された場所で、祖母はいつも必ず山の祠へ出向いていた。下の神社もあの事件がきっかけで、神域を血で汚したからと町中に場所を遷しているそうだ。

「うわっ、すごい。綺麗になってる」

 祖母も私も居なくなり、お祀りする人などいないままだと思っていた。

 けれどもそこは整然としており、傷んでいた祠も手厚く補修がされている。

「もしかして、塁くん?」

「んー、俺だけど俺じゃないというか・・・親父とお袋が生前佐羽さんから頼まれてたんだって。あっちの神社に遷したのは人間の利便性で勝手にしたことで、山神様は今もここにおわすからって。今の神主さん拝金主義だし、ここまで来そうにないし、俺んちの方が網やってて女の神様の扱いに慣れてるだろって。あーでも、遥みたいにちゃんと着物着たりは全然してないから、喜んでると思うぞ」

「そうだったんだぁ」

 確かに山の神様も海の神様も女性と言われている。

 だから、本来、女性は神域には近寄らない方が良いらしいのだが、祖母は平気で行き来していたので改めて気にしたことがなかった。

 それから、二人で掃除をし、鯛やお米、野菜や果物、お酒を並べる。最後にしめ縄をして、手をあわせ、祠を後にした。


「遥、今日はこの後どうすんの?」

「お墓掃除に行って、お正月の買い物して簡単におせち作って時間あれば、まだ手をつけてないとこの掃除かな」

「わかった。手伝う」

「塁くんも忙しいでしょ、いいよ。大丈夫」

「うん。遥が大丈夫なのは知ってる。でも俺いると便利だよ」

 確かに。

 なんだかんだいって便利な人なのだ。居なくてもなんとかなるけど居てくれたらありがたい。

 そう、間違いなく居てくれたらありがたい。そして心強い。これがどういう感情かはともかく、ぐいぐい来られても全然嫌じゃなかった。これまでは、誰であろうとそういう気遣いをもらっても、すっぱり断っていたのに。

 それに二人でする掃除は、楽しかった。しゃべっている時間も多いけど、一人よりもずっとはかどっている。あっという間にお昼になった。

「塁くん、ごはんにしよう。いただいたお魚焼くね」

 自然とそんな風に声が出る。昨日久しぶりにあったばかりというのに、私はすっかり塁くんがいる日常に慣れていた。

「うわっうめー。すげー美味い。さすが俺の魚、さすが俺の好きな遥」

「なにそれ」

「まじ好きな味付け。うまい。大好きな遥の手で作ってくれたと思ったら倍美味しい」

 掃除の間はおさえていたのか、寸暇を逃さず耳慣れない「好き」が連呼されていく。

 だんだん恥ずかしくなってきた。

「なぁ、遥って、今まで何人とつきあったの?」

「いないよ。もてないし、そんなに人と会わないもん」

「ぶっ。そんなことはないだろう。それ気が付いてないだけ」

「そんなことないことないよ。製造関係だったからほんと人に会わなかったし。寮と会社とスーパーと書店をぐるぐる回る生活で、時々ひとり飯ひとり旅、それをライティングする、のループだったから。まぁ、今からはライティングの仕事が本格化するから、それなりに人と会うようにはなるけど・・・」

 なぜか塁くんは、異星人を見るような目で固まった。

「その目やめよーよ。大体、その気がある人たちの阿吽の駆け引きがあるから恋愛って成立するわけでしょ?その気が全くありませんって気配出してたらね、概ね避けられるもんだって。塁くんには不意打ち食らっちゃったけど、私そんなに人間関係、深入りしてないもん」

「いや、それでもなぁ」

「塁くんこそもてるでしょ?漁業後継者って早婚か晩婚かだから、中学の時に付き合ってた子と、もうとっくに結婚してるかと思ってた」

「あーまー、確かに。早婚逃した口かもだな。そこそこはモテててると思うけど、結婚となるとなぁ。親と同居だし第一次産業の厳しいとこだな」

 そこそこなんだ。なんとなくちくっとした気がしたけれど、気のせいだろう。

「うまい飯食ったし、じゃあ残り頑張ろうぜ」

「うん」


 作業再開後も、流れはスムーズで、塁くんは気になっていた外壁の補修まで片づけてくれた。その頃には、日も暮れかけていたので、そこから私はおせちを少し詰め、塁くんの家に持っていくことにした。

「なぁ、遥」

「なに?」

「今晩食べ終わったら、天満神社に初詣行かない?」

 天満神社は、ここから車で1時間半ほどの町にあるここら辺では一番大きな神社だ。

 毎年かなりな初詣客が参拝しているらしい。

「んー、できれば避けたいかな」

「正直な奴。そこは一日頑張った俺のご褒美に一緒に行こうとか言おうよ」

「ご褒美って・・・行ったら行ったで楽しいとは思うけど、神様の前に出られる感じじゃないし」

「どうして?」

「お風呂壊れてるから清拭しかできないし、普段着しかないし、失礼かなって思っちゃう」

「そんなん気にするんだ」

「気にしない?」

「あんま気にしてない。海の神様の供養祭はちゃんとした格好するけどなぁ。そっか、麻痺してるけど本来、気にしない方がおかしいんだろうなぁ」

 塁くんはそれじゃあと、お風呂も見てくれたが、完璧に壊れていて設備業者じゃないと無理とのことだった。

「遥さぁ、夜中の初詣はもういいから、とりあえず今日はうち泊まれば?」

「いやいやいやそれはさすがに」

「どうせ部屋も布団も余ってるし、風呂も入れる。着物も母さんの若いころのが普通にあるから、明日みんなで行けばいいし」

「無理無理無理無理ほんと大丈夫だよ」

 さすがにそこまでは甘えられない。ここに来てようやく甘えすぎだと自覚した私は、我にかえって必死に固辞した。

「ちぇっ残念」



 って話だったのに、なんでこうなった???

「自分の晴れ着を娘に着つけて一緒に初詣にでかけるのが夢だったのよ」

 上機嫌で着物の着付けをしてくれるおばさんを前に、もはや抵抗することなどできるわけがない。

 あの後、どうせうちに来るんだから年の湯くらいは入っとけと言われ、確かにそこはありがたかったので、塁くんのお宅でもらい風呂して、みんなでこたつを囲んで夕飯をいただいたとこまでは鮮明だ。

 ただ多分結構疲れていた。日頃あまり動かないせいか、心地よい疲労の中で、いただいたお酒やお料理、塁くんたちのお話が楽しかった。紅白歌合戦を突っ込みながら見て、ウルトラソウルで藍くんと「ハイッ」て言って笑い転げたとこまでもうっすら・・・そこからの記憶は・・・ない。

 気が付けば、見覚えのある塁くんちの離れで寝かせていただいていて、起きたらお風呂を用意してもらってて、出たらおばさんに着物を着つけてもらっている。←イマココ


 いやー、これ普通ならちょっとしたホラーだよね。

 というか、私に危機感なさすぎ?

「あら、やっぱりちょっと遥ちゃんにはこの襦袢大きいわねー。ちょっとごめんなさいね古いけどこっちの方が少し小さいから・・・あっ」

「あっ、ごめんなさい。気持ち悪いですよね」

 随分目立たなくはなかったが、私の左半身には結構広範囲に傷跡がある。おばさんの顔が痛ましそうにゆがんだ。

「・・・見える傷は癒えていくけど、あんなひどい目にあったら気持ちの回復には時間がかかるものよ。なのに、遥ちゃん一人で頑張ったね。えらいえらい」

 そのまま襦袢でくるみながら、ゆっくりと大事そうに抱きしめてポンポンしてくれたおばさんに、私は笑顔で応えた。

 人はどうせ一人。自分を自分で支えるのは当たり前のこと。そう思って生きてきた。それでも、おばさんの心からの労りとねぎらいの心が、思った以上に沁みたのだった。



 元旦の天満神社は、結構な人出ではあったけれど、昔はもっとギューギューだった記憶がある。少子高齢化の影響はこんなとこにも出ているんだなぁ。そんなことを思いながら、おじさんおじさん藍くん塁くんと、にぎやかな参道を進む。

 今年は藍くんが前厄ということで、みんなでご祈祷を受けた。

 一つ一つの出来事がとにかく新鮮で。神様に失礼にならないよう配慮しながら写真や動画も撮らせてもらった。それからおみくじを引いてにぎやかな出店を見て回る。

 累くんご一家のお節介波状攻撃に、こんなに甘えていいのかと思ったけど、色々と執筆の肥やしにできる経験ができたし、単純にみんなで出かけた初詣は、とてもとても楽しい時間になった。

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