ep.50 きれいにして差し上げましょうか?
あれっ!? それにしても、随分と静かだな。
耳でもやられたか? まあ、随分と魔物がどたばたしてやがったからな。
「なんじゃありゃーっ?!」
「!! あーっ、びっくりしたぁ。なんだよぅ!? こんな近くにいた……んですか? 驚かさないでくださいよ」
「いやいや……いやいやいやいや」
「なにがそんなに嫌なんですか?」
「いやいや、そうじゃないって、なんなんだよ!? あれは」
錯乱しているキリングさんが指差す方に目をやると……状況は……別に何も変わっていなかった。
「う〜ん、なんだと訊かれても……豚?」
「そういうことじゃないだろっ!」
「豚肉?」
「おまえ、あれ食う気なのか!?」
「いやいや、やですよぅ。ゲテモノだけは、どうにも苦手なんで」
「いや、俺だって食えなんて言ってないから……って、そうじゃなくて、魔術だよ。ま、じゅ、つ!」
あっ! いけね……詠唱短縮もまずかったんだっけ!? そういや、アリエルにもなんか言われた気がする。
はあ、無詠唱にしなくて良かった……わけでもねえか。う〜ん、どうやってごまかそうか? う〜ん、どうしましょっ? あぁ、こうしましょ。
「監督官殿に質問です! 戦闘前に仰っていたダブルって、他にどんな種類の動物がいるんでありますか?」
「えっ!? なに? あぁ、ダブルか! えっとぉ、他にはな……犬、狼、猿、確かカラスなんかもそうだったはずだぞ。俺が倒したことがあるのは犬だけだけどな。どれも身体の大きさやら、力やら、凶暴さなんかが倍加してたって話だ」
「へえ、道理で。あれって、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、さすがにああなったら、もう何もできないだろう。後は慎重にとどめを刺すだけだ」
「おぉ、そうですか! 良かった。じゃあ、これで無事解決ですね」
「ああ、そうだな、ご苦労さん。後は俺たちに任せて、休んでてくれ。よし、みんな殺るぞ!」
「「「おぅよっ!」」」
仰向けに倒れたままの魔物を取り囲むように、四人の男が駆け出していった。
「しっかし、凄い魔術だったな。失礼、私、ウルリナ。よろしくな」
「あっ、どうも。改めまして、タカシです。いやいや、ウルリナさんだって、百発百中だったじゃないですか。弓、お上手なんですね」
「ふふふ、あんなの大したことないっての。あんたのあれに比べたら……本当に」
「たまたまですよ。たまたま……おっと失礼! ご婦人の前で」
「ふふっ、馬鹿の振りして、ごまかさなくてもいいよ。別に詮索するつもりはないから」
いや、これが平常運転なんですけど!? もしかして馬鹿に見えてるの?! まあ、詮索されないのは結構だけど。あれっ!? 俺って、そんなに馬鹿っぽい?
遠くの方で、なにやら肉を切り裂く音なのか、グチャッビチャッとか、「ビィガーッ、グギァーッ」とかいった唸り声が聞こえてる気がしないでもないけど。今はそれどころではない。なんかこの人、誰かに似てるんだよなぁ。誰だっけか? この色っぽい感じ。
今も水筒から水を旨そうに、ごくごく飲んでるとこなんか、特に。
日焼けした小麦色の肌に、いったい何頭身なのか? と思えるような頭の小ささ……それに、これでもかというほどの脚の長さ。
「あのぉ、どこかでお会いしたことありませんでしたっけ?」
「ふっ、なによ。今度はナンパ?」
「いや、なんか前に会った誰かと似てるなぁと思ったんですけど、ほんと誰だか全然思い出せなくて……街のどっかですれ違ってたのかなぁ?! なんて思った次第でして」
「あ、ほんとにナンパじゃないんだ。へえ、珍しいね。初見で私を口説かない男なんて初めて会ったかも……ん!? ちょっと待って。あんた、確か南部出身だったよね?」
「いや、南部出身ではないんですけど、まあ、クリークビルから来たのは確かですね」
「やっぱりぃ! もしかして、私に似てるのって、フィアナって名前の人じゃない?」
はて?! フィアナって、誰だっけ?
「あれっ!? 違った? クリークビル支部のギルドマスターのフィアナランツェだと思ったのに」
「おぉぉ、それそれっ! その人ですわぁ、似てる。確かに似てますよ。あーっ、そっかぁ、すっきりした」
「あんたねぇ……ほんと変わったやつ」
「いや、だって、雰囲気がそっくりなんですって! その際どい服の着こなしなんかも」
そうなんだよ。会議室で見かけたときは、マントに隠れて気付かなかった。けど、戦闘で動きまわった後、暑くなったのか、今は露出狂ばりの際どいスリットの入った服装を、まざまざと見せつけてるの、この人ったら。
「まあ、似てて当然なんだけどね。曾祖母ちゃんだから」
「ん、曾祖母ちゃん!? ……えっ、誰が?」
「いや、誰って。今の話の流れからして、フィアナ曾祖母ちゃんしかいないでしょうに」
「うえぇぇーいっ、い、いくつなの? あの人ってぇ。あ……もしかして、長命種か!?」
「そうだよ。さあ、いくつになるんだっけかなぁ? 四百歳は越えたって話は聞いてるけど……ああ、知らなかったんだ。ダークエルフだからね、曾祖母ちゃんって」
「おお、なるへそ! エルフ……いや、ウッドエルフの傍系ってことで、いいんだよね?」
「えっ!? よく知ってるね。血族でもなさそうなのに。ええ、そういうことよ。ダークエルフはウッドエルフとドワーフの混血って話らしいから。うちは祖母ちゃんが人族とのハーフで、母さんはクォーター、私に至っては八分の一よ。まっ、人族の社会に入り込んだ家系なんで、私も詳しくは知らないけどさ」
「へぇー、じゃあ、ウルリナさんも結構なおと……いや、うぅん、……えっと、長生きなんですか?」
「ん?! いや、どうなのかな? 確かに母さんは五十代半ばで、祖母ちゃんも二百歳越えだけど。四人揃っても、四姉妹にしか見えないって、よく言われるのよねぇ……う〜ん……でも、ハーフの子は親より早死にするって言われてるくらいだから、おそらく私が一番先に死んじゃうと思うわよ……あっ! あんたぁ、私はまだ二十三だからねっ。もぉう、失礼なこと考えてたでしょ?」
「ははは……すみませんです。なんせフィアナランツェさんの見た目があんなにもお若いもので」
「まあね。てっいうか、私に対しては敬語なんて使わなくていいよ。どうせ大して年も違わないんだしさ。いくつなの? そっちは」
「いや、四十五歳なんですけど……ひょっとして若く見えてます?」
「うそっ!? うちの父親とタメじゃん。あっ! すみません、タメ口きいちゃって……その、凄く若く見えますよ。てっきり私と同じくらいなんだと……」
「ははは、いいよいいよ、そんなこと。異種族の人同士って、お互いなんだか若く見えるみたいだしね」
「いやあ、どうなのかなぁ?! うちの父親と祖父ちゃんは純血の人族だけど、私には年相応に見えるけど……。きっとタカシさんは人族としても随分若く見える方だと思いますよ」
「へえ、そうなんだ。ははは、ちょっと嬉しいかも。あと、敬語とか使わなくていいから、普段どおりで。もし本当に若く見えてるのなら、ね」
「はい! いや、ああ、でいいのかな? この場合。 あれっ!? なんか普通って、改めて言われると、普段どうしてたのか、わかんなくなっちゃった」
「あははは、面白い子だな。でも、確かにそんなもんかもね。ははは」
「おいおい、なんだよ? 俺たちが血塗れで作業している間に、随分と仲良くなっちゃって。うちの女神さまを持っていかないでくれよな」
「ははは、そんなんじゃないっすよ。ねえ、ウルリナちゃん」
「うんうん。そうそう。あっ、ところでキリングさん、この人いくつに見えます?」
「ん!? そうだなぁ……ウルリナちゃんと同い年ぐらい……いや、わざわざ訊いてくるくらいだから、ひょっとして、ずっと若造か?」
「残念でしたっ! 実は四十五歳だそうです。ねっ、タカシさん」
「ああ」
っていうか、ウルリナちゃん、最初の印象と随分違うんだけど……。
「「「「まじかよ!?」」」」
「くっそぅ、ウルリナさんに慣れ慣れしく話しかけてっから、後で焼き入れてやろうかと思ってたのにぃ」
「おいおい!」
「いや、教育的指導って、やつっすよ。年下に対する単なる……年上だったけど」
「お前なぁ。ウルリナちゃんのことになると……でも、そんなことしたら、お前、あれだからな、あれ!」
キリングさんが肉の山を指差してる。
「わかってるっす。じゃなきゃ、今頃、斬りかかってますって」
「お前って、やつは……」
怖っ! っていうか、あんた達、ほんと血塗れだぞ。全く冗談に聞こえないんだけど。なんかスプラッターみたいじゃん。仕方ねえ。見た目だけでも、元に戻してやるか。
「随分と汚れてるけど、きれいにして差し上げましょうか?」
「「すいやせんしたっ!」」
キリングさんともう一人が突然謝ってきた。
「なんで謝るんだ?」
「あっ、俺もそれ、わかんねえ」
阿呆そうな二人は、ぽかんとしている。
「おまえらなぁ、俺たちまで巻き込むなよな」
「ほんとだぜぇ。勘弁しろよな」
「あっ、そうか。おいおい、まじで勘弁してくれよ。俺たちも掃除しちまおうってかよ?」
「えっ、なになに?! どういうこと?」
なんかモブ共が騒ぎ出したんだけど。
「いやいや、そうじゃなくて、水魔法で血とか泥汚れを落としてあげようかと思っただけなんだけど」
「えっ!? だって、あんた風魔術しか使えないんじゃねえの? 馬と同じスピードで走ってたじゃん」
「そうっすよ! さっき魔物の脚を切り落としたのだって、風魔術のカマイタチってやつだろ? 俺、それだけは知ってるっす」
「馬鹿ねぇ、違うわよ。会議室では水属性が得意って言ってたじゃない。ん!? あれっ?! 今、水魔法って言った?! 確かに、今、魔法って言ったよね?」
「「「「言ってたぁ!」」」」
はあ、ウルリナちゃんまで、この馬鹿騒ぎに参加すんの?
「いやいや、そこは聞き間違いだから……あはは」
「いや、言ってたね。絶対」
「うるせえんだよ。おまえは!」
「ごぼごぼぼご、げっほっ……こぽ」
あんまりにも面倒くさくなったので、ボブだかビルだか、どっちか忘れちゃったけど、とりあえず、水魔法をぶっかけて、黙らせてやった。
「「「なっ!?」」」
「なにした? あんた……いったい?!」
「だから、ただの水魔法だって、ほらっ、他の三人も」
「「「ぶっ……ぷはぁ、おぉぉぉぉっ、きもちいいぃぃぃぃぃぃ」」」
他の三人に罪はないからな。お湯を浴びせかけたのに続けて、温風魔法【ドライヤー】も掛けて乾かしてやった。
「なあ、あっちの魔物の肉って、あのままで大丈夫なの?」
「えっ!? ……ああ、もう魔晶石は二つとも回収したぞ。後は薪を集めて焼くだけだけど」
「あっそ、じゃあ、焼いとくな」
「ん……??」
う〜ん、でも、あれだけの血塗れだ。普通に焼くと、時間かかりそうだな。燃え残りも気になる。ちょっと火力上げる実験がてら、試しておくか……風魔法で水素……は要らねえな。酸素だけ供給してやれば……どうだ?
「「「「「なっ!」」」」」
「火……火が青くなった!? おいおい、あれって、火だよな?! 火で間違いないよな?」
う〜ん? こんな炎じゃ結構時間かかりそうだなぁ。でも、今は人目があるし……。ここは自重してこのままでいいや。
……そろそろ灰になったか? 後は土魔法で穴掘って、灰を移動させて〜ので、土をかける。整地したら完了だ。
「「「「「……」」」」」
「……ん、どったの?」
「あ……あんたが言ってた一通りって、本当だったのかよ? しかも、魔術じゃなくて、無詠唱魔法……四属性全部、いや、闇とか光とかも言ってなかったか?! あんたいったい何者なんだ?」
姿勢を正し、キリングへと向き直る。ちょっと軍人風に敬礼をかましてやるか。
「イエッサー! 魔物討伐を初体験させていただきましたぁぁ初級魔防士でぇーありま〜すぅ」
「「「「「うそだぁぁぁーーっ!」」」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます