ep.49 なんだよ? そのダブルって
保存食を作り終わって、後片づけをしていると、【呼び出しリング】が赤く点滅しているのに気付いた。
おぉっ! 久方ぶりに【魔防ギルド】からの呼び出しだ。今度こそ、魔物が発生したんだろうな?
この【エピスコ】に来てのお初だし、様子見がてら、ちょっくら顔出しておくか。
スプライトとユタンちゃんはお留守番だな。シェルターの中で寛いでいてもらおう。ゆっくり風呂に入るなり、保存食を食べてるなり、好きにしてもらえれば。
とはいえ、まだ埋めたままだから、まずは階段作ってやらないと。まあ、ちょこっと周りの土を掘って、階段固める程度だ。ほら、このとおり簡単。
中に移動する。うっ、暗い。すぐに明かりを照らし、換気した。
風呂にもお湯を張っておく。
状態維持なら守護結界で賄える。少しばかり精霊さんをここに残しておくか。温度管理さえしてもらえば、給湯タンクは上部に設置してあるから、俺が居なくとも問題なくシャワーも使えるし。
えっと、換気用に風の精霊は……不要だな。余計なことはすまい。スプライトに任せよう。
「ふふ、やっとわかってきたわね」
「まあね。それじゃあ、ちょっくらお仕事に行ってくる。帰るまで二人とも好きにしてて」
「うん、気をつけてね。お風呂に入ってゆっくりしてる」
「がんば」
「はは、がんばっちゃうぞ! 行ってきま〜す」
あ、そういや、魔防ギルドの場所……訊いてなかった。
南門で衛兵さんに場所を訊くと、「ギルドなんて北門近くにあるに決まってんだろ?」と、当然のことのように呆れられた。……いや、知らんがな。
ギルドは、この【中央パインフルーツ通り】沿いとのこと。わかりやすい場所で助かった。
しかも、都合の良いことに、俺の泊まってるホテルもその途中にある。一度、部屋に戻って、装備を整えてからにしよう。
──身支度を整え、少し急ぎ足でギルドに向かった。
靴屋街のある【北パインフルーツ通り】を横断し、北門が視界に入るところまでやってきた。
南門からここまで結構な距離があった。どうやらこの街は、南北に五kmくらいの広さがありそうだ。
さて、門衛さんに教えてもらった外観からすると……たぶん、ここだと思うんだけど。
この辺では珍しい黒みがかった焦げ茶一色の煉瓦造り……うん、言われたとおり、無骨な印象の建物だ。
ふふっ、それにあの扉には見覚えがある。きっと、ここに間違いない。ほんと、西部劇の酒場みたいだな。
独特な扉を押し開き、中に入る。
中の様子を窺うと、どうやらここでも手順は一緒みたい。受付で番号札をもらい、前の広間で待つ人が見えた。
先に来ていた人に倣って、なんとなくその後ろに並んでおく。
大きな街のギルドだけあって、もう結構な人数集まっていた。出遅れたな。街の外に居たから仕方がない。
順番から考えて、今回メンツに入れてもらうのは、ちょっと無理そうか。
奥では制服を来たギルド職員と、そこそこ貫禄のある魔防士が、なにやら話し込んでいた。あ、それも、たった今、終わったところ。なるほど、あれが監督官なのかも。
監督官らしき魔防士によって、次々とメンバーが決定されていく。その中にあって、順番を飛ばされている人も……結構いるな。
前回選ばれた人かな? だったら、早く来ても仕方ないのに……う〜ん、なんか俺の知らん事情があるのか。
あれっ!? そうこうしている内に順番が……俺のところまで回ってきちまった。
「うん? 見かけない顔だけど、それじゃまあ、今回の初級枠には君を入れよう」
「それではミーティングを始めます! 選抜メンバーと控えの方は、会議室にお入りください」
ギルド職員が入口近くに立つ部屋に、みんな続々と入っていく。俺もそれに倣って続いた。
会議室の中は、長テーブルがロの字状に並べられていた。机の上には、【共鳴鈴】が一つずつ置かれている。
みんなが席に座るのを待って、空いてた隅っこの席に腰掛けた。
「みなさん席に着きましたね。それではブリーフィングを始めます。今回の魔物は──」
ギルド職員の説明によれば、魔物の発生が確認されたのは、この街から北西にある牧場。今回は豚の魔物らしい。
今のところ、人的被害は出ていないとか。ただし、その分、牧場の動物たちが襲われ、犠牲になってるようなのだが。
西の街道のすぐ近くに迫ってきていることもあって、緊急を要するという。
「今回は【ダブル】の可能性もある。気を引き締めてかかってくれ!」
えっ、なにそれ!? 監督官。それって専門用語かなんかか?
一応、説明も一段落したみたいだから、ここらで質問しとくか。
「あのぅ、すみません。ダブルというのが何かわからないのですけど、教えて頂けませんか?」
「おぅ!? ああ、すまんすまん。ダブルというのはな、魔物の中でも特別凶暴な奴だ──」
なんでも、胸に【魔晶石】を二つ持つことから、ダブルと呼ばれているそうだ。
ただし、そのダブル、稀にしか現れない魔物だとかで、情報も少ない。それでも、ここ十五年の経験から、わかったこともある。ある特定の動物が魔物化した際にだけ、ダブル化する場合もあるらしいのだ。
その一つが、豚というわけ。
「あらかた見知った顔ぶれだが、初級の君だけは、今回初めて見る顔だ。簡単でいい。自己紹介を頼む」
「あ、はい。えっと、タカシと言います。魔防士に成り立てで、今回が初めての討伐参加です。魔物を見たのも、まだ一度しかありません。みなさんの足を引っ張らないよう、がんばります。よろしくお願いします」
「おっ! やっぱニュービーなのか。それじゃあ、わからなくて当然だ。緊張しなくてもいいぞ。よろしくな。にしても、その歳で魔物に出くわしたのが一度きりってのは運がいいな。あ、南部出身者か!? へえ、まだ安全な地域ってのも、あるにはあるもんなんだなぁ」
「キリングさん!」
話が脱線しそうになったのを察知し、ギルド職員の一人が注意した。この監督官、キリングというらしい。
「おっと、すまん。えっと……見た感じ後衛のようだが、魔術が専門か?」
「はい。覚え立てですけど」
「属性は?」
「一応、一通り」
「一通りって、四属性全てをか?」
「えっ!? あ、はい。風と土と水は比較的よく使いますね。えっと、火と光と闇も少しくらいなら」
「あはは、吹かすねぇ。面白いやつだな。でっ、本当のところはどうなの?」
ありゃ、なんか変なこと言った?
「……えっと、水です」
「わかった。そんじゃ、魔術が放てる準備ができたら、共鳴鈴で合図してくれればいいから。使い方ぐらい聞いたことあるだろ?」
「はい、一度使ったことあります。強く握れば、いいんですよね?」
「そうだ。そうすりゃ、みんなにも振動が伝わるからな。じゃ、ざっとみんなの紹介もしちまうな。えっと、こいつは──」
前衛は、盾持ち剣士のビルと、大剣使いのボブ。
中衛が、槍使いのナンテ。
俺と同じ後衛なのが、紅一点で弓使いと紹介されたウルリナさんだ。
本来、キリングさんは剣士で前衛だが、監督官になってからは主に初級者のサポートをしつつ、全体の指揮を取っているようだ。
「じゃあ、いつも通りよろしくな!」
「「「「おうっ!」」」」
こうして現地に向かうことになった……のだが……忘れてました。馬に乗れないことを。
そのことをキリングさんに伝えると、愕然とした顔に。
「はあ〜、なんだよ!? 今更……。となると、控えチームの……って、かぁ〜、よりにもよって、サブダかよ? あのガキ、俺の言うことなんて全然聞かねえぞ。後のは、みんな帰しちまったし……」
なんか監督官、ぶつぶつ呟いてる。やばっ!?
「あの、魔術の支援があるんで、馬にも走ってついていけます!」
思わず大声で叫んでしまっていた。
「ちぃ、仕方ねえな。絶対に遅れるなよ? ったくよぅ」
お、なんとかなった。
「すみません。絶対遅れないようにしますので」
みんなの後をついていくと、裏手の厩舎に出た。干し草のすえた匂いと獣の臭いが鼻をつく。
激しい馬の息づかいと、カチャカチャと、やたら音を立てる馬具に、いやがうえにも興奮が高まる。
それぞれが慣れた感じで馬に跨がっていく。おぉ、格好いい!
「出発だ。みんな、俺に続け」
事前に北門へ連絡が入っていたのか、メダリオンを見せずして、乗馬したまま門を素通りしていく。駆け足でついていった俺にしても、キリングさんの「そいつも仲間なんだよ」の一言で事なきを得た。
門を抜けると、掛け声と共に、馬に鞭を打つキリングさん。駆け出す馬。彼を先頭にそれぞれの馬が疾走していく。
それに遅れることなく、俺も追いかけ、今は横に並んで走っている。
魔術的な支援とは言ったが、【イリスの翼靴】の力を使っている。魔素が吸われている感じがするので、あながち嘘ではない。
この街に来る途中、スプライトたちと駆けっこをした際、一番魔素効率が良かったのが、これだ。
最初は、みんな目を丸くして、こちらを凝視していた。
ただ、いつまでも余所見していては危ないとでも思ったのだろう。実際、そういうシーンもあったし。先ほどようやく受け入れてくれたみたい。
北へ向かう街道を一分ほど駆け抜けた後、左へ曲がり、西へと続く農道に入っていく。
馬がバテないようにか、今はもう、だいぶペースを落としていた。大体、原チャリの速さよりも少し遅いくらいか。
農道に入ってから、もう十分間ほど西に進んだかな? やや緩やかなカーブを描くように農道がまだ続いている。
道なりに進むこと更に十分。道は北に向かう農道と分岐しており、そちらに折れた。
もう全体でかれこれ三十分ほど走ってきた。馬の息も、そこそこ荒れ出してきている。
「見つけた! あそこだよ」
突然、ウルリナさんが叫ぶ。指差した方向には、バッファロー……いや、豚と言われれば、確かに豚のような見た目の魔物がいた。
弓使いだけあって、ウルリナさんはかなり目がいい。
ほんだば俺も【水反鏡】を。
でかっ! まじ大きい。裸眼では気付かなかった。水魔法で拡大した矢先、咀嚼する魔物の口からはみ出た牛が……。
うっ、グロいものを見たせいか、それとも片目だけ望遠で覗きながら走っていたせいか、なんだか気分が……。
「よし、止まれ! ここからは馬を降りて、陣形を組んでいく。接敵に備えながら近寄るぞ」
あ、俺のためか!? 経験の浅い俺でも理解できるよう説明してくれてる感じか。おっと、集中せんと。
うわっ、ひでえ。ぶよぶよに肉が弛んでやがる。焦げ茶色の巨体。しかも、牛一頭をくわえて、真っ二つに噛み千切るほどのパワフルさもある。
黄色っぽく変色した乱杭歯もきったねえ。それに、なんだありゃ!? 頬を突き破ってる牙もあるじゃんか。涎だって、垂れ流しっ放しだし。
でも、やはり際立つのは、赤い眼球か……血の涙を流し、怪しい光を放つ赤黒い瞳。そういや、この前もあんな感じだった。
あっ! こちらに向かって走り出した。
うっひょぉうっ、こりゃまたド迫力。
四肢を動かす度に大地が捲れ上がる。それが後ろへと巻き捨てられるもんだから、辺りに響き渡る音と振動が半端ねえ。まるで地割れだ──地震で断層が裂けながら迫ってくるような錯覚すら……。
「散開っ! 一カ所に固まるな。まずはやつの脚を止めろ!! 気を抜くなよ。間違いない、あいつはダブルだ」
へえ、あれが……確かにデカいものな。凶暴そうだし。
「タカシ! ぼけっとすんな!!」
おっと、とりあえず、逃げなきゃ。
まずは脚を狙うわけね。
おおっ、なんだ、この振動!? あ、ウルリナさんからの合図か!? おっほぉう、お見事! 立て続けに前脚を射止めてやがる。
ほんじゃあ、俺もぼちぼち行きますかぁ。一発かましてやろう。
水属性だと言っちゃった手前、まずは水から。
まだ誰も近寄ってないけど、ウルリナさんを見習うか……えっと、共鳴鈴を握って、魔法の準備ができたことを伝えて、っと。
念には念を入れて、【言霊】も大声で叫んでやろう。今となっては発動キーなんて無意味なんだけど。さあ、いくぞ。
「【ウォーター】!」
おおっ、やった! 上手くいった。ふふふ、上出来上出来。
あはは、ざまあねえな。自分の勢いで顔から突っ込んでやがる。
えっとね。なにが起こったかと言えば──
まず、言霊と同時に、魔物の四肢に対し、足輪のごとくイメージした水の円月輪をはめてやった。
次の瞬間、四つの円月輪を外にスライドさせただけ。
とはいえ、元々がごく薄くした超高速回転する水の円月輪だ。大木のような魔物の四肢が何の抵抗もなく切り裂かれる。切り落とされた脚が、まるで巨大なボーリングのピンが弾かれたみたいに、てんでバラバラ明後日の方向に飛んでいった。
直後、四肢を失った胴体がつんのめる。顔から地面に突っ込み、地面をしこたま削っては七転八倒した挙げ句、ようやく腹を上にして止まったというわけだ。
魔物とはいえ、四つ足動物。こうなったら、もうどうしようもなかろう。
俺は怖いから安全だと確認できるまで絶対に近寄らんけどね。
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