第11話 かわいいは正義!

 なにかいるのかと思い、振り向いてみても、なにもいない。


 あぁ、からかわれたのかと思って、正面を向き直すと、また周囲から笑いがこぼれた。


 みんなから「後ろ! 後ろ!」との掛け声がかかる。まるでドリフのコントだ。と言っても、若い子にはわからんか。まして異世界のエルフにわかるわけも。


 いや、そんな場合じゃなかった。


 今度はできるだけ素早く、くるっと半回転し、背後に何がいるのかを確認してみた。


 まだ駄目か。


 んだば、一回転、っと。おっ!?


 すると、どうだ。うっすらとではあるが、光が視界に入った。本当に一瞬で見失いそうなほど、淡く、小さな……赤い粒。


 そう認識した瞬間、輝きが増した。


 いったい、なんだ? これって……。


 凝視しようとした途端、火の円環が姿を現す。俺を取り囲むように、炎の輪が幾重にも重なって。美しい光のエフェクトを伴って。


「まあ、きれい」


 あぁ、そうだ。これは今までもずっとここにあったものだ。


 あまりにも自然すぎて、当然のように存在してたもの。だから視界に入ってたにもかかわらず、今まで気にもかけてなかった。


 そう、目からの情報はあっても、時として意識に上らないこともある。


 だけど、意識し出すと、俺の周りを守護するように、ずっと暖かく見守ってくれていたことが確かに感じられた。


 いつから?


 あぁ、あの夜から……ずっとか。すっと腑に落ちた。


 お世辞にも肝が据わっているとは言えないこの俺が、異世界にたった一人迷い込んでしまったというのに、これまでそれほど不安を覚えなかったというのは、不思議と言えば、不思議だ。


 でも、それもこれも、この子のお陰か。ずっと陰ながら守ってくれていると、心のどこかで感じ取っていたせいなのかもな。


「これって、もしかして、火の精霊……なのですか?」


「ええ、おそらくは。魔法契約を交わしているわけではないのですね? そこまで他者に付き従う精霊なんて、見たことないのですけど」


 聖樹様が目を見開いて、本気で不思議がっている。


 というか、やっぱこの世界にもあるのかよ? 魔法……。


「う〜ん、魔法契約、ですか? 心当たりは……う〜ん、全くありませんね」


 確かあの晩、ライターの火を仲間だと勘違いしたのかな? と思った気もするんだが……その後の記憶が、どうにもはっきりしない。


「あのですね。実は森を巡回してもらっている子たちの中には、森に棲む妖精と意気投合して、魔法契約を交わす者もいるんですよ」


 へえ、そうなんだ。


 妖精と精霊か。おとぎ話の中でしか知らなかった俺にとって、正直な話、その違いなんて想像できなかった。


 だが、聖樹様のお姿と、この光の粒を見れば、こちらの世界では両者の間に明確な違いが存在することはわかる。精霊ねぇ。


「精霊はあるときから突然現れた存在です。遙か昔にも記録はあるものの、まだまだ不明な点ばかり。未だ精霊と契約できたという話など聞いたことはありませんでしたが……」


 俺が初というわけか……。


「精霊と契約しているというのは、なにかの間違いでは?」


「それほど精霊の魔力を引き出し、利用できているのです。まず間違いないでしょう」


「ですか?」


「ですね」


 知らぬ間に精霊と契約していたようだ。


 ただちょっと、困りものではあるな。前例がないとなると、誰にも相談できないわけだし。


 はてさて、どんなメリット・デメリットがあるのやら。


 まあ、今のところ、これといった不調は感じられないし、良しとしよう。そもそも俺にはどうしようもないわけだしな。


「それに関しては私に考えがあります。それはともかくです! なんて可愛らしいんでしょう!!」


 聖樹様の話をよくよく聞いてみると、今までも俺の後ろで、当の火の精霊がひょこひょこと愛くるしく動き回る姿が、気になってはいたそうだ。


 決定打となったのが、俺が首を傾げた際、あたかも真似をしたかのように傾げた方向に可愛いらしく揺れ動く様子だったんだって。


「そうなんです! そうなんです」


 聖樹様だけでなく、他のエルフ様方も何人か、しきりに頷いてらっしゃる。どうやら火の精霊さんは、彼女たちの心を鷲掴みにしていたようだ。


 それに引き替え、ウッドエルフたちは困惑顔ばかりだ。


『ああ、おそらく、この子たちには精霊の姿が見えてないのでしょう。でも、火の結界には驚いているみたいですね』


 ああ、そうだった! ここは謁見の間だ。こんな豪華な上、木造という燃えやすそうな室内で、火を纏った状態ってのは、まずい。


 白木造りっぽい見た目……いや、あれっ? これなんかも樹液を固めたものなのだろうか?


「これって、大丈夫なのでしょうか?」


「なんの問題もありません」


 精霊に夢中なのか、思いの他、軽い調子で言われた。


 かえって心配になって、再度聞き返してみたのだけど。


「「「「かわいいは正義! だから問題なし」」」」


 いや、だから、精霊のことじゃなくて、こっちの火の結界の話なんですけど……。


 まあ、問題にすらされてないのなら別にいいのか? いやいや、駄目だろう。


 とはいえ、消せと言われたところで、俺にはどうすることもできないのだが……って、あれっ!? 気のせいかな? なんか火の勢いが弱くなった気がする。あ、随分と薄くなった。


「精霊は多分に魔力を帯びた存在ではありますが、魔物とは違って、害意を示した例はありませんから」


「えっ、まじ!? あ、失礼しました。……えっと、この世界って、魔物がいるのですか?」


「ええ、まじなんですよ。困ったものです」


 おいおい、ほんとかよ。ファンタジーには定番とはいえ、魔物って!? 俺みたいなシャバ僧なんかだと……。


「安心してください。霊験あらたかな世界樹の周辺は絶対安全です。この【妖精の森】には、さすがに魔物が現れることはありませんから」


 妖精の森、には……か。


 けど、世界樹から遠く離れた地域は別であるということね。


 はあ〜、まじですか? ゲームの中であれば、経験値稼ぎに欠かせない存在だとしても、現実に出くわすとなるとなぁ。


 魔物を倒したところで、ゲームみたいに都合良く、こちらが強くなるわけでもないだろうし。成長を促してくれるように、最初は弱く、徐々に強くなっていくわけでもない。


 襲われた美女を救うなんてイベントが現実には発生するわけでもなければ、そんなものがあったところで、チートを貰ってない俺なんかじゃ助けてやれるわけでもなし。


 無駄に戦って怪我するとか、まじ勘弁だ。そんなの災害に遭うのと変わらん。痛いだろうし、怪我がすぐ治せるなんてことも……。


 ん!? いや、待てよ。魔法契約とか言ってたくらいだ。魔法がある世界だった。治癒魔法なんかもあったりするんだろうか?


「あのぉう、この世界には魔法があるのですよね? 死んだ者を生き返らすような魔法も存在するのでしょうか?」


「えっ!? あ、はい。魔法はありますよ。あーー、でも、蘇生の方はどうなのでしょうね? 私は寡聞にして、そういった話は存じませんけど」


 う〜ん、長命な聖樹様が知らないとなると、これは無理そうか。


 一口に魔法と言っても、物語上でもいろいろだしな。魔法がそれほど万能ではない世界なのかもしれない。


 つうか、俺は一人なんだから、そもそも駄目じゃん! 蘇生魔法があったところで、死んでしまったら、自分に魔法なんて掛けようがねえんだし。


 仮に、たとえ蘇生魔法が使えるやつがいたとしても、誰が好き好んで見ず知らずの俺なんかのために、そんなお節介やいてくれるんだっての。


 いや、事前に復活する魔法を自分に掛けておけるのであれば、一人でもいけるか……いやいや、そういうのって、終盤に覚える最上級魔法でねえの!? そこまで一度も死なずに行ける自信なんてねえよ。


 おいおい、そうなると、今までよりもずっと慎重に行動しねえと、やべえじゃんか。


「えっと、そろそろ話を戻してもいいですかね?」


「あ、すみませんでした。取り乱してしまって」


「いえ、魔物は恐ろしいものですからね。それは仕方のないことです。では、本題に入らせていただきます」


 おっと、そうだった。なにかお話があるということで呼ばれてたんだった。


「先ほど話にも出た虹色の園ですが、そこを訪れて、精霊の様子を見てきてほしいのです。先に申し上げたとおり、精霊自体は害のある存在ではないのですが、なにぶん数が……。今回、一カ所へ大量に集まってしまったことで、世界樹の働きにいろいろと支障を来しているのです。実は──」


 なんでも、前回の面談後、精霊関連の更なる詳細を調べたところ、迷い人が精霊の鎮魂と関係があることが判明したらしい。でも、それにしては、なにやら懐疑的な雰囲気なのだが……。


「魔力波動の記録からしても、過去において精霊を鎮魂する儀式魔法が発動したというのは、どうやら疑いようのない事実なのです。とはいえ、どうにも規模が大きすぎる話でして」


「儀式魔法……ですか?」


「ご存じないようですが、儀式魔法というのは、高度な魔力制御を必要とする魔法において、主にその複雑な制御部分を、あらかじめ組んでおいた魔法陣に代替させる──謂わば、準備魔法のことです。ただ、あの規模の積層型となると、魔力に富む妖精種でさえ、複数名を要するのが前提となるだけに……。あれをたった一人で人族が行ったという点に関しては、いささか無理が。皆が疑わしく思うのも当然なんです」


 なんでも、魔法陣に制御回路を組み込むにしても、なかなか自動制御とまではいかないそうだ。そのため、ある程度は術者が操作することになるらしい。


 積層型で複数の魔法陣をリンクさせるとなると、自ずと複数の術者を必要とするのだとか。


 この件に関しては、更なる詳細な調査研究を行う予定だという。実行に際しては、俺も協力を要請された。


「もちろん、その際には協力者を多数用意する予定でいます。そこで一つお願いです。万全を期すため、その前段階として、虹色の園を訪れて、我々では気付かない見落とし点がないかどうか、精霊の様子を事前に調査してきてほしいのです。異世界人である貴方の視点で」


 それが今回の依頼内容だった。


 虹色の園は聖域ということもあって、今回、立ち入りの許可が下りたのは俺だけのようだ。うっ、なんか、また……なんだ!?


「もちろん入口までの案内はさせます。お願いできませんか?」


「ええ、お引き受けするのは、もちろん構いません。ただ、魔法に関して何も知らない私です。なにかのお役に立てるとは到底思えないのですが。それでもよろしければ」


「まあ、ありがとう。ええ、もちろん、それで結構です。よろしくお願いします」


「畏まりました」


 これまで寝食の世話を散々受けている身だしな。聖樹様のお役に立てる機会を逃すはずもない、けど……うぅむ、やっぱ心配だ。


「ええ、もちろん、すぐにというわけではありません。あぁ、そうでした! 忘れてました、ごめんなさい。これからしばらくの間、妖精や魔法などについてのレクチャーを受けていただきます。調査はその後で結構ですので。それでは紹介します。指導にあたってくれるのは、ジャジャーン!! 彼女です」


 スポットライトが一人を照らした。


「どうぞよろしくお願いします」


「えっ!? あ、そうなんだ? あっと、どうも。いえ、こちらの方こそ、よろしくお願いします」


 ああ、そういうことか! いや、それよりもだ。


 つ、ついに、念願の、長年の念願とも言える魔法、その講習が受けられる。やったぁ!


 あれっ!? でも、魔法なんて使えるようになるのか? 地球人の、この俺に……。

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