光のトランプ女王の試練
田島絵里子
第1話
「なんだこれは?」と健一がつぶやく。
小寒の夜、山田家は久しぶりの休暇で国営備北丘陵公園を訪れた。ここは広島県庄原市にある公園で、開園は平成7年4月14日。国(国土交通省)が建設・整備し、運営している国営公園である。歩いて回ると1時間はかかる公園で、花畑や巨大な木製の遊具や日本家屋、フードコートもあれば園内をぐるりとめぐる電動機関車もある。そして、今日のような冬になればイルミネーションがそこで待っている。
粉雪が降る広大な公園に入ると、真由美は言った。「『不思議の国のアリス』のイルミネーションみたいね。こんな展示があるなんて知らなかった」
健一は、写真に撮る気まんまんだった。カメラを展示に向けたそのとき、千秋は目を輝かせ、「すごい! 動いてる!」と指さした。確かに、トランプ兵士のイルミネーションがゆっくりと動き、列を成してどこかへ歩いているように見える。「なんだこれは?」興味をそそられた一家は、兵士たちの後を追いかけることにした。
その先には、花畑の奥に続く小道があり、どこからともなく不思議な音楽が聞こえてきた。いつの間にか周りの空気が変わっていく。虹のような霧が出て来た。「これ、なんだか夢みたいだな」と健一がぽつりと言う。真由美も「でも、悪い感じはしないわね」と頷いた。千秋は「ワクワクする!」と無邪気に笑う。
気づけば家族は、巨大なトランプの城の前に立っていた。そこには女王のような人物が現れ、こう言った。「ようこそ、不思議の光の国へ。この城に入りたいのなら、家族の絆を試す試練を受けなさい」
山田家は力を合わせて、与えられる試練に挑んだ。
「記憶の迷路」に案内された三人は、白い壁に囲まれた静かな空間で、そこで呼ばれるまでじっと待つように言われた。冷たい金属の椅子に座り、時間だけが緩やかに流れていく。
「記憶と言えば、忘れられないことがあるわ。千秋が8つの時だったわ。お人形さんが欲しいって言い出してきたことがあったでしょう。あの時、そのおおきな人形が飾られた喫茶店の前で立ち止まって、目を輝かせていたのを覚えているわ」
暇を持て余した真由美は懐かしそうな表情で、遠い日の思い出を語り始めた。あの人形の、愛らしい目や金色の長いツインテール。羽根の生えた制服を着ているあの姿は、たしかに魅力的である。千秋は不思議そうに首を傾げた。
「そんなこと、あったかなあ。なんだか遠い夢みたい」
「もう忘れてるのね。いい? あの人形は、ほんとに高いのよ? ママが半日働いて、やっと手に入るぐらいのお値段がするんだから。あの頃は、こんな高価なおもちゃを買うのは、私たちにとってとても大変なことだったの」
「……そうなの……。でも、サンタさんが持って来てくれたわ。あの朝の嬉しさは、今でも覚えているような気がする」
真由美と健一は、なにか合図するようにお互いにうなずきあった。
「これからも好きなものがプレゼントされるさ」
健一は、優しい声で言ったが、真由美は少し、腰に手をやって、
「あんまり高いものは、サンタさんも困ります」
と付け加えるのを忘れなかった。
そこへ、トランプの兵士がしずしずとやってきた。
「女王さまがお呼びです」
三人は、トランプの女王と謁見した。おおきなティアラをかぶった女王は言った。
「三人とも、共通の思い出があるようだね。だが、この城に入った以上、わたくしの言うとおりにしてもらいます。思い出を卒業するためにね」
「そんなのヤだ」
千秋は、足を鳴らして叫んだ。
「なんというわがままな。おまえの思い出は、そんなにも大事なのか」
女王は、冷たい声だ。
「千秋を傷つけるつもりなら、おれが代わりになる」
健一が前に一歩踏み出した。
「わたくしは、この国を救いたいのです」
女王は、手に持った笏(しゃく)を振った。
「だが、その力はわたくしにはない。あなたたち三人が一致団結して、この国に課せられた難問を解いてくれたなら、あなたたちに人生の秘訣をおしえましょう」
「――人生の秘訣?」
健一は、ちょっと鼻に皺を寄せた。
「それ、食べられるの?」
千秋も、鼻に皺が入っている。
「断るなら、トランプの兵士たちに命じて、火あぶりにします」
女王は、冷酷に言い放った。兵士たちが、集まってきてアリの行列のようになった。
「わかったよ。なにをすればいい」
健一が言うのを、真由美は心配して、
「あなた、安請け合いしてだいじょうぶなの?」
「おれはこれでも、クイズやパズルが得意だ。難問ぐらい、軽く解いてやるさ」
健一は、ボンと胸を叩いた。
女王は、笏を再び振った。兵士のひとりが、なにかを持って来る。どう見ても3次元パズルであった。
「ふん、難問なんて、その程度か」
健一が鼻で笑うと、兵士が彼の目に目隠しをしてしまった。
「な、なにをする」
「その状態で、いまから3分以内に、すべて解いていただきますよ」
女王はホホホホと笑った。
さすがに健一がへこむと、千秋と真由美は頭を寄せて相談した。
「要するに、パズルの色が全部揃えばいいんだよね」
千秋は、賢いところを見せる。真由美は不安だった。
「でも、パパがあれじゃあ」
「うちのクラスで、あのパズルのいろんな遊び方がはやったの。わたし、パパにいろいろ助言するわ」
「じゃあ、ママは、パパがちゃんとそれに従うかどうか、確認するね」
こうして三人は、協力し合ってパズルを解き始めた。しかし、見えていないというのはかなりのハンデで、健一はたびたび、間違った面を揃えてしまった。
「あと1分」
ぜんぜん揃わない面を見て、千秋は焦れた。
「もうパパのばか!」
言うなり、パズルをぶんどって自分で面を揃えてしまった。
するとどうだろう。
立方体がバラバラと崩れ去り、真ん中に小さな銀の球が残された。
「試練を乗り越えたあなたたちには、その球をあげましょう。でもちょっとズルをしたから、使えるのは三回までですよ」
女王の声は柔らかだった。
「人生の秘訣とは、乗り越えられない試練はない、ということです。あなたたちの絆は本物のようね。これからもその絆を大切にして」と言って、光に包まれて消えていった。
気づけば、山田家は元の公園に戻っていた。千秋が「あれ、トランプ兵士たちは?」と辺りを見回すが、先ほどのイルミネーションはどこにもない。その代わり、バラや椿などの花のイルミネーションが壁いっぱいに飾られている。
健一は不思議そうに「全部夢だったのか?」と呟くが、真由美が「でも、なんだか気持ちがすっきりしてるわ」と微笑む。千秋も「家族で冒険できて楽しかった!」と笑顔を見せた。
帰りの車の中、山田家の会話は尽きることなく続いた。冒険の余韻に浸りながら、それぞれが家族の大切さを改めて感じる一日となったのであった。
光のトランプ女王の試練 田島絵里子 @hatoule
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