世、妖(あやかし)おらず ー帰袋ー

銀満ノ錦平

帰袋


帰る…私は何時も有り難く、そして素晴らしい語彙、言葉思っている。


帰るという言葉にも色々な言い回しがある。


帰路に着く、帰省する、帰宅する、帰還する、帰途する…色々と同じ、似た意味の語録はあるがそれでもやはり帰るという言葉が馴染みやすく好きなのだ。


シンプルだが色々な感情、喜怒哀楽をこの言葉に込めるだけで色々なストーリー、物語を生み出すことが出来る。


この一言に背景…春夏秋冬、晴れも雨も雪も風の強い時も、静かな日々などを付けるだけで帰る時の心持ちが変わるのだ。


その変わる心持ちが癖になる。


哀愁漂わせるのもよし、怒りに身を任せながら肩を揺らすもよし、気楽に身体を浮かせながらもよし、悲しみにくれて涙を流しながらでもよし…。 


そう、帰るというシチュエーションは、私の感情ととても合うのだ。


そしてひとえに帰る場所…私と答える。


他に答えを出せと言われたら悩んでしまうくらいには第1候補はともかく家である。


玄関を開けると、暖かい室内がお出迎えをしてくれ、この地を綺麗に歩くための靴という道具を下駄箱に入れ、外の汚れを防いでくれる制服をハンガーに掛けて、そして外の疲れを取るために部屋着に着替え、作る手間を惜しまない為にコンビニという便利箱で購入した暖かい弁当を食べる。


トイレに入ってもシャワーを浴びて裸のまま彷徨いても、テレビを好きな音量で聞いても一人で呑気にベッドで寝れるのも全てはこの家という大きい大きいハイテクな巣箱のお陰なのである。


ただ逆に嫌いなこともある。


家から出た時の心細さと帰り着くまでの疲労感である。


特に、疲労感は本当に嫌だ。


行きも辛いが帰るという使命感に駆られている所がある為、何とか頑張る気力にはなっている。


そのお陰か、周りの評価は真面目で通っている。


だが帰るとなっている時にはその気力が底までに落ちていて、歩くのが面倒くさくなる。


帰るのは好きだが帰るまでの経路が嫌いなのである。


もう外を出たら家に着いてる…これこそが私の理想の『帰る』である。


周りもその帰ることの面倒くささについて愚痴る時がある。


車通勤でもバイク通勤でも自転車通勤でも…。


送り迎えなんてしてる人もいるのに帰る時はほんと面倒くさいと話す。


行くときも気持ちは、徒労感が来るが何とか行こうという…仕事に行く理由の為の気力がまだ残っているのだ。


やはり帰る頃にはその気力が下がっている。


下がっているからこそ、帰るのが面倒くさくなってしまうのだ。


今日もいつもの様に朝起きて支度して朝ごはんを食べ我が家から出る…。


そして一生懸命仕事をしていたらいつの間にかお昼になっていたので仕事場の食堂に向かい、いつもの様に安く済ませようとカレーを頼む。


ここのカレーはとても美味しくワンコインながら、熟したルーが人参、玉ねぎ、鶏肉と合わさって実に美味い。


味わいながら食べるのが好きなのでゆったりと食べていると隣に同僚が座ってきた。


この同僚は話すのがとても好きらしく、視覚に話や相手が入った瞬間に寄ってきては止まる気配と中身があるのかないのかわからない話をしてくる。


これこそ帰りたい気持ちになるが偶に役に立つ話や知って損はない話を持ってくるので一応、耳を傾け、相槌を打つのである。


今日もいつもの様に私の顔を見ながら話しかけてきた。


最初は、食べてるカレーについての駄弁りで次に会社の周りに生えてる草を刈り取るのが面倒いだのと駄弁ってもうこの辺りで耳を塞ぎたかったがそれは出来ないのでカレーを食べることに集中していた。


帰りたい…あぁ帰りたい…。


会社の付き合い、会社内の空気を良好にする一環とはいえこんな苦痛を好きなカレーを食べながらだなんて…。


そんなことを心の中で思っていたらいつの間にかカレーを食べ終わっていた。


私は「じゃあ、そろそろな。」と言い皿を洗い場に持っていこうとしたら同僚は「あ、最後にさ」と言って少し神妙な顔をした。


「ん?どうした?」


「実はさ…まぁ本題というかこの話したくてきたんだよ…。ほら、この前別会社で行方不明になった人がいたって話し合ったじゃん?」


「あぁ、そんな話あったなあ…。慥か、一ヶ月前にいきなり消失したかのように消えて話題になってたな…。それが?」


「実はさ…その人、うちの上司の知り合いだったみたいで、まぁ…これが妙な話というか奇妙というか…見つかったみたいなんだよ。」


「は?見つかった?というか上司といつの間にそんな酒飲み同士になってたんだよ。」


「まぁそこはいいだろ。兎も角その上司の知り合いがさ、見つかったんだわ。」


「へえ、それはよかったじゃん。けどニュースとかにはなってないよな?」


「いやぁ…それがさ、身内内で事を済ませたってさ。」


「よくそんなの聞けたなあ。」


「まぁ内緒でって言われたから…内緒なんだけど。」


「いや、なら話すなよ。」


「まぁそうなんだけど…。不思議というかおかしい話だからさ…。せめて話好きのお前にだけはと思ったわけよ。」


私は別に話好きではない…この同僚の勝手な思い込みである。


「不思議?おかしい?何だよ気になるなあ。」


「袋よ。」


「は?」


「だから、袋に入ってたんだって。」


「袋?何…?誘拐?」


「それが違うんだよ。袋に入ってて出たら家に帰ってきたって。」


「は?上司には申し訳ないけどその人、大丈夫か?」


「まぁだから身内内で済ませたんだろ。俺も聞いてて最初は上司が知り合いが消えた悲しさを和らげる為の冗談だと思ったんだよ。けど酒は飲んでるが真面目に話しててさ。」


「訳わからんだろそれ、え?袋に入ってた?」


「違う違う、袋に入ってて出たら家に帰ってたんだって。その消える前の姿のままで。」


「え?神隠し的な?」


「…としか考えられんよなあ。ただ本人は消えたという感覚無くて気が付いたら帰って来たって感じなんだって。」


「ほんとにか?ほんとに上司はそう言ったのか?」


「知ってるだろ、俺酒に強いから酔いながら話聞いてたってことは無い!それは絶対!」


「んー、まぁそれがほんとなら不思議な話だけど…。なんか怪しくないか?」


「どうだろうなぁ…。上司の話し方は真剣だったし嘘をついてないとは思うから事実ではあるんだろうが…。」


私達が考え込んでる内にいつの間にか昼休みが終わりに近付いていた。


「あ、そろそろ時間だな。」


「あぁ、まぁこの話は心に留めておくよ。」


「おう、ほんとに誰にも言うなよ!俺が怒られるからな!」


同僚は、そそくさと出ていった。


私も片付けた後、仕事場に戻った。


…そして仕事も終え、帰宅準備をしていると同僚がこっちに向かってきた。


「よ!今日は帰宅するのかい?」


「そりゃあ、俺はこの帰る時間というのを一番待ち遠しくしてたんだから。」


「どうだい?折角だし軽く飲んでかない?」


「いや、明日も仕事だろ。俺は、金曜と土曜と忘年会と長期連休と…。」


「分かった分かった。じゃあ今日は一人飲みだな…。それじゃ!」


私は、同僚の元気さというか呑気さというか…明るい心持ちは良いが帰宅するという私の心持ちにも気をかけて欲しい…と思いながら飲みに行く同僚の背中を見ていた。





そして同僚が消えた。





次の日から同僚が無断欠勤し始め、不審に思った上司が家に向かった所、鍵は閉まっているが中に人がいる様子無く、知り合いの件もあり、再び警察に失踪届を出したという。


私は、それを聞いて怖くなった。


あの話をした次の日に消失…行方不明になるなんて…。


私は、思い切って上司に同僚が口を滑らせたことを話た。


上司は、顔を青くしながら聞いていた。


「あいつはほんと口軽いな…いや、それより…。いや、あいつが話したことは絶対に言うなよ。」


私は「分かりました…。」としか言えずそのまま呆然と席に戻った。


もしかして同僚も攫われた?いや、袋…袋に入ったのか?神隠し?…私は、混乱してしまいその後の仕事に手が付けられなかった。


しかしその件も結局、新聞にも載らずそのまま時間を過ごしていた。


私は、家に真っ直ぐ帰るという事がいかに幸せなのかを実感した。


嫌いではないし気さくにも話していたがあくまで仕事の同僚な関係だったのでいなくなって寂しさとかは感じなかった…感じなかったが不安が心を侵食していたのは実感していた。


袋…これがキーワードなのは間違いない。


袋に入る?入ったら帰れる?…慥かに袋に入ればすぐ家に帰れるというのは凄く私としては羨ましい…。


歩くことなく帰る時の徒労感等も無く、そのまま家に着くからだ。


ただその徒労感には、帰る時の安心感も入っているのだ。


ちゃんと帰れる、ちゃんと何事もなく帰る…。


視覚で周辺を確認し、身体の足の感覚を集中して家まで頭がナビゲートしてくれるこの安心感を…。


これが無くなるのは不安でしか無い。


ワープとか、もしそういう瞬間移動が出来たとしても。


完璧にできるとは思えない。


やはり帰るという動作をより確信と安全を成り立たせるには、実際に見て、足で地を踏みながら頭を働かせる事なのだと思う。


そして月日は経ち、2ヶ月以上経ったある日に…同僚は帰ってきた。


まるで普通に帰宅したかの様に帰ってきたのだという。


同僚は家に入った後に携帯をみたら2ヶ月経っていた事と色々な人からの着電の多さに驚き、急いで各人に連絡したという。


当然、周りは大騒ぎ。


本人も何事かわからなくなり、混乱していたという。


上司も勿論、連絡を貰った一人であったため、急いで駆けつけたという。


本人は混乱していた。


そして上司に向かって、


「袋に、袋に入ったら帰れたんですよ!ほんとです!」


と言い続けていたと。


上司は、知り合いの件も含め怖くなり後の対応は同僚の身内に任せて帰ってきたという。


同僚は入院するらしい。


上司の言い方から、多分上司の知り合いも同じ道を辿ったのだろう。


上司は、より青い顔で私に、


「呪かなんかとしか言いようがない…。何なんだ袋とは!」と憔悴しながら怒鳴った。


いきなりの怒号に周りもこっちを振り向いた。


私は何もしていないのに怒鳴られたということで以前より奇異の目で見られるようになった。


上司もその日以降から有給を取ったらしいし余計に弁解ができなくなってしまったのだ。


帰りたい…帰りたい…帰りたい…。


帰りたいという気持ちが強くなり、もう仕事が手に付かないことも多くなった。


辞めたい…辞めて帰りたい…帰りたい…帰りたい。


何もしていない…ただ同僚が口を滑らせ、同僚が上司の知り合いと同じ目に合い、それを聞いた上司が憔悴して私に当たり散らし、何故か私が虐げられる…あまりにも不順過ぎる展開にもう心が砕け散っていた。


辞表を出そう…。


もう帰りたい。


…帰りたい。


私が強く強く、帰りたいと願っていた。


願ってしまっていた。


いつもの様に徒歩で帰宅していた。


夜、何気なくあまり通らない道を通った。


ただの気まぐれ、やけくそ気味だった。


帰りたいのにその日は家に帰る距離を離していた。


その道を通るといつもより30分も遅くなるというほどの遠道ではある。


ただその時は、そこを通りたかった。


街頭の光も遠くに設置されてるから明るいのか暗いのかわからない。


帰りたいけど帰りたくない。


そう思い始めた時に


目の前に


袋がいた。


あったではない。


いたのだ。


成人男性の私より大きい袋が此方にその大きな口を開けて待ち構えていた。


そして袋が口ではない口から


「帰ロウ、帰ロウ。」


そう言っていた…ような気がした。


袋から聞こえた声のような音はとても耳が気持ちよくなる程の通った声で…そして甘く溶けそうな…素晴らしいと思った。


歌ってはいなかったがセイレーンの伝説を思い起こさせた。


私はその声のような音に導かれるように向かっていった。


もう後数歩で中に入れる…帰れる…早く帰れる…。


すると…


「そっちに行っちゃいかん!!」


後ろから聞いたことのある怒号が聞こえた。


振り向くと何故か上司がいた。


私は、正気に戻りその口を開けていた袋から距離を急いで離した。


袋は、そのまま街灯の光が届いていない暗闇に消えていった。


今まで以上に呆然としていた私に上司が焦りながら近付いていてきて、


「大丈夫か!?なんとか間に合った…。」


と安堵からか腰をゆっくりながら近場の石に降ろした。


「上司…なんでここに…?」


「実はな…有給を全部使って知り合いと君の同僚君により詳しく話を聞いてな…。共通点などを探しなていたらこの場所にたどり着いてな…。」


上司が言うには、上司の知り合いはその時どうやら、家族と少し喧嘩をしており『一ヶ月後に帰りたい』と願いながら帰宅していたらいつの間にかこの道の前に着いていたと…そして歩いていたら同じ様に誘われる耳心地が良い声の様な音が聴こえ、それに導かれるように袋の中に入ったら気が付いたら家に帰宅していた…一ヶ月後に…という話である。


私の同僚も落ち着きを取り戻しその時何があったのか話してくれたらしく軽く酒を飲んだ後、軽い気持ちで『上司の知り合いが一ヶ月後に帰れたなら俺は2ヶ月後に帰ったらどうなるんだろ?』と思ってしまったらしく気が付いたら…とのことだった。


どちらも普通に帰宅した感覚だったと…それを聞いてもしかしたら次は、この話を聞いてたこの私の番では…と予感がして今日来たのだと…。


せめてここの道に入る前に止めてほしかったと心のなかで思った。


「しかし本当にあんな異様な物がいたとはな…。いや、もしかしたら疲れが酷すぎて見せた幻覚かもしれないが…。君は大丈夫だったかね?」


私は、今までの日頃の事などを話した。


そして辞めることも話した。


上司は申し訳ないととても謝られたがもう気が落ちていた。


そして私はこの仕事を辞めた。


今は…別の仕事をしていて、そこは歩くより電車で向かうほうが早いとこで少し前よりは徒労感などは減った…と思う。


しかしあの時、正直絶望していた。


帰りたいのに帰りたくない気持ちでいっぱいいっぱいだった。


そこをあの袋に目をつけられたのだと思う。


もしあの時に袋に入ってしまっていたら


私はいつ家に帰ってこれたのだろうかと鳥肌が立つ。


多分、一生家に帰らない…帰れなかったと思う。


帰るということは…大切なんだと改めて実感しながら再び私は家に帰っていくのである。


この足で地を踏みながら。











































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