第2話 大人になった私、感情を抑える術

大人になるにつれて、感情を爆発させることは少なくなった。子供の頃のように怒りに任せて傘を投げたり、机を蹴ったりすることはもうない。それが「成長」というものだと、周りの大人たちは言った。けれど、それは本当にそうなのだろうか。時折、自分でもわからなくなる。


ある日、職場で小さなトラブルがあった。上司が怒鳴る声が部屋に響き渡る。怒鳴られていたのは私ではなかったけれど、その声が耳を突き刺し、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。「何でそんなに怒鳴るんだろう」「こんな空気の中で、どうしてみんな平然としていられるんだろう」。頭の中でいろんな思いがぐるぐると回り始める。そして気づけば、何も言えない自分に対してまた小さな怒りを覚えていた。


子供の頃は、思ったことをそのまま行動に移してしまった。結果はどうであれ、自分の感情を外に出すことができた。でも今は違う。怒りや悲しみが込み上げてきても、それを一度飲み込んで、頭の中で整理してからでないと動けなくなってしまった。冷静でいることが「大人の証」だと信じてきたからだ。


けれどその「冷静さ」は、時に私を苦しめる。言いたいことを飲み込んでしまうたびに、胸の中に小さなトゲが刺さるような感覚が残る。それが積み重なっていくうちに、次第に「何を感じても意味がない」という無力感が生まれてくる。


そんな私に主治医はこう言った。

「感情を抑え込むのは悪いことではないけれど、抑えすぎるのもまた苦しいものです」

その言葉にハッとした。私は、子供の頃のように感情を爆発させることを恐れるあまり、自分自身を押さえつけすぎていたのだ。


感情を抑え込むことが「大人になること」だと思い込んでいたけれど、そうではなかった。大人になるというのは、感情を否定するのではなく、それとどう付き合うかを学ぶことなのだ。感情は厄介なものではあるけれど、自分が生きている証でもある。主治医の言葉は、私が忘れていたその事実を思い出させてくれた。


それ以来、感情を少しだけ受け入れるように心がけている。泣きたいときは泣いてもいいし、怒りを感じたらその理由を自分に問いかける。それを誰かにぶつけるのではなく、自分自身で「私は今こう感じている」と認めるだけで、少し楽になることを知った。


大人になった私は、感情を抑える術を覚えた。でも、抑えるだけではなく、受け入れることも少しずつ学び始めている。それはまだぎこちない歩みだけれど、確かに前に進んでいると感じる。

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