10.氷の薔薇

 馬車の中で、私はステファンと向かい合って座っていた。

 王都を通り抜ける間、ステファンは興味深そうに町並みを眺めていたが、王都を出ると話しかけられた。


「来たときも思いましたが、この国は町の中だけではなく、王都の外も道に煉瓦を敷いているのですね」

「ええ。三代目の王が始めた事業で、代々の王が引き継いできました。国内の主要な道路は全て煉瓦で覆われています」

「すごいですね」

「おかげで移動も早く、人や物の輸送には国内では苦労はしません」

「ですが、冬はどうなさっておいでですか? 雪が深いと伺っています」

「あの煉瓦の中に魔法陣が仕込んであります。それを使って冬は雪が溶けるようになっています」


 外との交流がない分、国内のみで需要と供給を回す必要があった。そのため、国内の交通が発達したのだ。


「魔法陣ですか……。動力源はどうなっているのですか?」


 魔石を使うには、あまりにも不経済でしょうと続けるステファンの見識に驚きつつ、答える。


「煉瓦の魔法陣の動力の供給と維持は領主の仕事です。魔法陣には、冬になる前に領主が魔力を注ぎます」

「なるほど。ということは、私がノマス領を預かった際には、その仕事も引き継ぐということですね」

「そういうことです。ステファンに難しい場合は、今の代官が代わりに行ってくれるでしょう。ステファンの保持魔力はどのくらいですか?」


 尋ねると、ステファンは躊躇いがちに答える。


「王族ですので、オルテンシアではそこそこあるという扱いを受けていましたが、こちらでの評価がわかりません。中級までの魔術は扱えます」


 グレイシス国の成り立ちからして高魔力保持者が多いだろうと、ステファンは思っているようだった。とはいっても、グレイシス国の建国時、魔力を持つ者が全員集まったわけでもなく、国外に残った魔力保持者もいる。他国では魔力の高い者との婚姻を進める国もあると聞いているし、私はステファンもそこそこの魔力を持っているだろうと思っていた。


「失礼ですが、確かめてもよろしいですか?」

「お願い致します」

「では、私の手に手を重ねてください」


 ステファンは、私の言葉通り、そっと手を置いた。

 少し中性的なところもある彼の外見から華奢な手を想像していたが、思っていたよりも固く大きい手に、若干戸惑う。表情に出さないように気を付けながら言う。


「こちらでは一般的なやり方なのですが、私が魔力を流しますので、ステファンはそれに抵抗をしてください」

「オルテンシアでも一般的なやり方ですね」

「では、大丈夫ですね。いきますよ」


 ステファンが頷いたのを見て、ゆっくりと魔力を流す。最初は弱く、徐々に強く。ステファンの魔力は風の属性が強いようで、晴れた青空に吹く風の気配がした。行こうと思えばどこまでも行けそうな自由さを持ちながら、自分を見失わない力強さも感じる。


「意外と魔力をお持ちですね。ノマス領の管理なら十分でしょう」

「この国では、どの程度の魔力量となりますか?」

「お気を悪くなさらないでほしいのですが、伯爵家の上の方と同じくらいでしょうか」

「さすが魔術師の国ですね」


 そう言って目を煌めかせる様子からは、嘘は感じられなかった。


「憧れを壊すことがなくて、幸いでした」


 ほっとして言うと、ステファンは私を見て微笑む。


「それに、シルヴィアの魔力をこの身で知ることが出来て幸運でした」

「どういう意味ですか?」

「つたない表現となりますがシルヴィアの魔力は『朝日を浴びて輝く氷の薔薇』のようだと思いました」


 確かに私の魔力は氷の属性が強い。薔薇という表現は、高貴な身分の女性を薔薇に例えることから、それに倣ったのだろうか。


「冬の早朝。清廉な空気の中咲き誇る一凛の薔薇。氷の棘で気安く触れられることを拒みながらも、光を浴び、繊細で美しい大輪の花を咲かせている。そんなイメージを受け取りました」


 ステファンの言葉に、きちんと彼が私の魔力を表現していたのだと知った。だが、これは些かやりすぎではないだろうか。

 この国では恋人を口説く時に、相手の魔力を詩的に表現する。ステファンは知らないだろうから、そういう意味ではないだろう。


「春風のような、あるいは、陽だまりのような穏やかな魔力を持つ女性が一般には好まれているのでは?」

「一般論は今は不要です。私がシルヴィアの魔力を好ましく思ったのです」

「……婚約者として、嬉しく思います」


 誤解する隙を与えないステファンの言葉にかろうじて返事をすると、彼は頷き、付け加える。


「この国の民は幸せでしょうね。シルヴィアの、その冷たくも美しき魔力は、この国を守り導かれるために振るわれるのですから」


 先程、この国を『魔術師の国』と評していたステファンらしい言葉にそういう意味かと納得する。


「できれば、私の魔力の感想もお聞かせ願いたいのですが」

「機会があれば、お伝えしましょう」


 ステファンへの答えをはぐらかし、私は窓の外を見た。冷静に、感想を述べるのは難しかった。


 私が口をつぐんだためにステファンも無理に話しかけることはせず、馬車の中に沈黙が落ちる。馬車に揺られながら、私は、ステファンの言葉を思い返していた。


 本人は表現に自信がなさそうではあったが、ステファンのように私の魔力を好意を持って評されたのは初めてだった。魔術を学んだ教師からは、私の持つ氷の属性の強さと生まれ持っての魔力量から『圧倒的で、まさに氷の女王というにふさわしい』という評価を受けていた。だからこそステファンが繊細な薔薇の花に例えてくれたのは新鮮で、思ってもみない部分に光を当てられたような、そんなこそばゆさがあった。


(どうしてステファンはこんなにも私に好意的なのだろうか)


 浮かんだ疑問は、直接聞くには恥ずかしい。

 その間も、馬車は速度を落とすことなく進んでいた。

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