9.出立
ノマス領より使者が来た翌日。深夜までかかったが王宮からできる手配をすべて終わらせた。
ステファンにも、毎日行っていたお茶会はしばらくは中止だと連絡を入れている。
「これから仮眠を取り、日の出前に出発します。支援物資の手配はどうなっていますか?」
「馬車への積み込みを確認致しました」
「護衛の手配は?」
「つつがなく完了しています」
誰が護衛につくか確認されるが、首を振る。日の出まで後二時間もない。少しでも仮眠を取っておきたい。
「感謝するわ。ボードリエ侯爵、留守をお願いね」
「御心のままに。陛下、どうかご無事でお戻りください」
「気を付けます」
私に何かあっても従兄のローランドが王位に就くだけだがそれでも、予期しない王位の変更は国を揺らすだろう。ボードリエ侯爵の心配はもっともなものだ。だからといって、王宮で指示するだけの対応で良しとはできなかった。
私は、私を頼ってくれた国民の期待に応えたい。今回の件では私が出向くのが一番早く確実だ。事態を収拾する目算もある。他に変わりができる者を探すこともできるが、それでは彼らの願い通り、品評会には間に合わない。それをわかっているから、ボードリエ侯爵からも断固とした反対が出ないのだろう。
「護衛はおりますが、どうかあちらでも御自重ください」
「ええ。わかっています」
まだ執務室に残るという侯爵に後のことを頼むと、私は執務室を後にした。
翌早朝。動きやすい服装をということで、魔術師の制服を身に纏い、城を出ようとロビーに降りたところでステファンの姿が見えた。旅装を整えたその姿に、私は疑問を覚えながらも声を掛けた。
「ごきげんよう。ステファン。お見送りに来てくださったのかしら」
「シルヴィア陛下におかれましては、本日もご機嫌麗しく存じます。お言葉ですが、私もご一緒する所存です」
「私は聞いておりません」
憮然とするが、ステファンに堪えた様子はない。
「ノマス領は結婚後、私が預かる場所と聞いております。同行することに何か不自然がありますか?」
「……ない、でしょうね。でも、誰がステファンに知らせたのです?」
「ボードリエ侯爵から連絡がございました」
「侯爵が?」
「私が後で知るより良いとの判断ではないでしょうか」
「ステファンの身に何かあったらどうするのです」
「ご心配は嬉しいですが、問題ありません。私は自分で自分の身を守れるくらいには、心得もあります」
その通りかもしれないが、納得できるものでもない。もしかして、ボードリエ侯爵はステファンがいれば、私が無茶をすることはないと思っているのだろうか。
「王宮と同じ待遇は難しくなりますが、それでよろしいのですね」
「被災地に参るのです。足を引っ張るようなことをしないとお約束致します」
「そのお言葉、お忘れなきよう」
「もちろんでございます」
話に区切りがついたところで玄関を出る。入口に三台の馬車が停められており、その前に騎士が三十名程整列していた。騎士の集団にはマルロの顔も見える。案内のため同行すると聞いている。
私が見回したところで、騎士の中から黒髪を短く刈り上げ、鳶色の瞳をした青年が進み出た。
彼が今回の責任者でもあると思われる。彼の指示で、騎士達が一斉に敬礼の姿勢を取る。
「陛下、我らが本日から御身の身辺に侍ります。どうかお見知りおきを」
「直答を許します。あなたの所属と名前を伺いましょう」
「第三騎士団長、ドミニク・ボードリエと申します」
普段、公式行事の際に警備を担当する第一騎士団ではなく、実戦が主な第三騎士団が護衛につくようだ。
顔を合わせたことはないが、名前は知っていた。彼は、宰相の養子だったはずだ。優秀ながら、生まれが伯爵家の三男で出世が難しいとのことで、宰相が支援することにしたのだと聞いている。
私は騎士の礼をしているドミニク騎士に、立ち上がるよう伝える。
「宰相のボードリエ侯爵から、優秀だと聞いています。急な任務となりますが、よろしく頼みます」
「もったいないお言葉を賜り光栄です。第三騎士団一同、身命を賭してお二方の御身をお守り致すこと、誓います」
そうしたやりとりの後、ステファンにエスコートされ馬車に乗り込む。
四台のうち、二台は水や食料、毛布が積まれている。もう一台には、私の指示で木の板が積まれていた。あまり大所帯で向かっても移動に時間がかかるため、支援物資については私達が出発後、第二陣が送られる予定だ。ステファンは木の板に不思議そうにしていたが、尋ねることはなかった。
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