11.カメル橋
昼食時に休息を取った後は、夜に休息を取る町まで休むこと無く馬を駆けさせる予定だ。
王都を離れるに従い、森が増え山がちの地形をステファンが興味深げに眺めている。
「ノマス領はどういったところですか」
「この辺りよりも、さらに山が多い場所になります。気候があうのか林檎酒の質が良いのですよ」
「それはよいことを聞きました」
「わが国自慢の林檎酒を気に入ってくださっているのですね」
「ええ」
ステファンは、嬉しそうに頷いた。
王宮を出発して二日後、流されたというカメル橋のあった場所へと到着した。
最後に通り過ぎた町を出て約一時間、森の中切り開かれた道を進んでいたところで急に視界が開けた。
森を横断するように幅三十メートル程の川があり、両岸に砦のような石造りの関所が建っている。二つの関所を繋ぐようにカメル橋が架かっていたのだろうが、今は途中で折れた橋桁が一ヵ所残っているだけだ。
馬を変えながら駆けてきたマルロには及ばないが、極力休憩を減らし、魔術で馬の補助をしながらの到着だった。
騎士達はドミニク団長の指示で危険がないかの確認と被害状況の確認、そして私とステファンの警護へとわかれる。
安全確認が終わり、ステファンの手を借りて馬車を降りるとボルトラス領の領主である伯爵が駆けつけてくるのとが同時だった。
「陛下!」
「ボルトラス伯爵、いらしていたのですね」
「勿論でございます。陛下自らお越しくださり、誠に感謝申し上げます。そちらは、どなたでしょう?」
ボルトラス伯爵が、ステファンを見る。
「婚約者のオルテンシア国の王子、ステファン殿下です」
「ステファンです。どうぞ、お見知りおきください」
「ボルトラス伯爵領を預かります、モルガンと申します」
伯爵はステファンの存在に訝し気にしたものの、詳しく問うことはなかった。
結婚後、ノマス領はステファンの管理になる予定とは言え、まだ公表する段階ではない。
「では、ご案内致しましょう」
馬車の前で挨拶を交わし、ボルトラス伯爵の案内で私達も状況を確認に行く。
関所は三階建て程の高さがあり、検問所は建物の一階中央部分を穿つように作らている。検問が終われば関所を潜り抜け、橋を渡ることができたのだろう。橋があったはずの場所は、今はわずかに橋の残骸の木片が残っているだけだ。今は検問所の入り口に格子が降ろされている。
「事故に遭遇した民はどうなっていますか?」
石造りの関所は中で騎士が寝泊まりできるようになっているはずだが、この場で見ることができるのは砦務めの騎士だけだった。
「頂いたご指示の通りに。一番近くの町の宿を借り上げ、希望者した者を保護しています」
私の問いに、ボルトラス伯爵が答える。
「人数は?」
「八名です」
「少ないのですね」
私の言葉に、ボルトラス伯爵は頷く。
「保護を希望したのは、ノマス領に帰る領民です。商人は荷がありますので、復旧の見込みが不透明な中での足止めは嫌がりました」
商人ならば、自由が利くものは行き先を変える者もいるだろう。
「ボルトラス伯爵、ノマス領の領民の保護に感謝します」
伯爵に他の領地の民を保護する義理はない。私が礼を述べると、伯爵は首を振る。
「御礼いただくことではありません。陛下のお言葉がありましたので、保護はスムーズでした。それにノマス領では、わがボルトラス伯爵領の領民を保護してもらっています。カメル橋はノマス領との共同事業でした。このようなことになり、本当に残念です」
肩を落とすボルトラス伯爵に、私は告げる。
「仮の橋を、魔術で私が作ります」
「いくら陛下とはいえ、そんなことが可能なのですか?」
「そのために、私が来たのです」
驚くボルトラス伯爵に、ノマス領側にいる人間に川岸から離れるように伝言を頼む。
伯爵の命令で騎士が伝達しにいっている間に、伯爵に橋を作る場所を確認する。
「場所はここでいいかしら」
「は、はい。かまいませんが」
関所の近くで、元々橋があったのとは別の場所を選んだところで、避難も終わったようだ。護衛のドミニク団長を残し、伯爵とステファンには念のために離れてもらい、魔術の行使を行う。
「――氷よ。我が意思に従い、形をなせ」
キンという音と共に、瞬く間に氷の橋が出来上がっていく。一時しのぎの橋だが、馬車が渡れなくては困る。また、人が川に落ちないよう、欄干もつくりあげる。
「すごい……」
伯爵とステファンが感嘆の声を上げる。橋の方へと進むと、側に控えていた護衛のドミニク団長が、静止の声を上げる。
「陛下!」
「私が作った橋です。安全かどうかはわかります」
ドミニク団長を黙らせると、私は橋へと足を踏み出す。足元が滑らないように気を付けながら、渡って見せる。一同がしんとしながら私の一挙手一投足を見つめていた。
橋を渡り切ったところで、全員に向かって告げる。
「不幸な事故により不便をかけましたが、関所の橋が復旧するまではこの氷の橋が皆の生活を支えるでしょう。この橋は、私が魔術を解かない限り、夏の暑さにもとけることはありません」
一拍の後、騎士達から拍手と『陛下万歳』の声が聞こえてきた。
私は頷き、手を上げ、彼らの声を止めると続ける。
「ただし、御覧の通り、橋は氷で出来ています。馬車の通行に問題がないか確認を行った後、滑らないよう木の板を敷きますので、皆さんにはその手伝いをお願いしたく思います」
騎士らは敬礼で答える。
現場の責任者を命じるようボルトラス伯爵に指示を出すと、彼らの仕事を見守った。
夜になる前に耐久テストを終え、明日の午前中にかけて板を敷き、午後には民にも解放できそうだった。
ステファンはボルトラス伯爵と話したり、川の様子を近づいて見たりと自由に過ごしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます