3.シンギングバード

 五日後。

 知らせの通りに、オルテンシア国の第二王子ステファン殿下が王宮へと到着した。

 客室に案内後、ステファン殿下の準備ができたところで会う予定となっていた。


「陛下、ステファン殿下の準備が整われました」

「早いのね」


 到着の報告を聞いてから、二時間も経っていない。

 今日は朝から出迎えのための支度をしていた。

 毛先に行くほど薄く青みがかった銀の髪はハーフアップで編み込み、頭上には瞳と同じ淡い色味のブルーダイヤモンドを使ったティアラを載せている。

 ドレスは白銀の光沢のある布地の上に刺繍のほどこされたシフォンが重ねられ、女性らしい柔らかな印象を持たせるものだ。

 婚約者であるステファン王子との顔合わせがあるかもしれないと、今日は普段よりも飾りの多いドレスだった。

 侍女が整えてくれた後、謁見を行う部屋に向かう。


 侍従を連れて謁見室に向かうと、金髪の青年が立ち上がり礼をする。

 長旅の後だというのに黒の礼装を着こなし、くたびれた様子は見えない。彼の華やかな見た目がそう見せるのだろう。


「遠いところ、ようこそおいでになりました。私はシルヴィア・グレイシス。この国の女王です」

「お目にかかることができて光栄です。オルテンシア国より参りましたステファンと申します」


 ステファンは私の手を取ると、グローブごしの手の甲に唇を落とした。

 挨拶が終わり、顔を上げたステファンと目が合う。


(まるで、夏の空を閉じ込めたような青い瞳ね――)


 グレイシス国では夏は一瞬で終わる。だが、とても過ごしやすく良い季節だ。その夏の青空を閉じ込めたような色合いの瞳を、どこかで見たことがある気がした。

 しかし、ステファンとは初対面のはずだ。気のせいだろう。

 挨拶の後、着席を促し、私もステファンの正面へと座る。

 ステファンは、悲し気に目を伏せると言った。


「先王陛下であらせらる御父君が亡くなられたと、国境にて知りました。お悔やみを申し上げます。葬儀にかけつけることができず、申し訳ありませんでした」


 ステファンの言葉に、意外に思いながらも返答する。


「父の葬儀は国内の者のみで行いました。お気遣いはご不要です。お心遣いだけ頂いておきます」

「大変な時に、私との婚約を受けてくださり、感謝しています」

「亡き父が決めたことですので、遺言と思っております」


 事実だが、それ以上の意味をこの婚約に見いだしていないと言外に含ませたのに、ステファンは微笑みを崩さない。


「でしたら、是非、婚約者として過ごす間に、私のことをお知りください。きっと少しは好意を持って頂けると思います」


 私は、そんなことを言われるとは思わず目を瞬いた。


「自信家でいらっしゃるのね」


 ステファンは首を振る。


「いいえ。陛下の気を引こうと必死なのです。少しでも私のことを気にかけてくださるならば、どうか、私に婚約者として陛下の御名を呼ぶ栄誉をお与えください」


 大げさな前振りに、何を言われるのかと身構えたものの、それは婚約者として当然の要求だった。


「わかりました。シルヴィアと呼ぶことを許します」

「シルヴィア陛下、では、どうか、私のことはステファンとお呼びください」

「ステファンですね。わかりました。それと敬称は、二人きりの時は不要です」

「ありがたき幸せにございます」


 ステファンはもう一度私の手を取り口づけを落とすと、微笑んだ。


「こちらを私から、婚約の記念として贈らせてください」


 ステファンが連れている従者に指示を出すと、彼らは布を掛けた四角い箱のようなものをステファンに手渡した。ステファンは、両手それを受け取るとテーブルの上にそっと置き、覆っている布をゆっくりと取る。

 現れたのは、ガラスと金属で出来た美しい箱だった。底と支柱は金で出来ており、それ以外はガラスで覆われ、中に組み込まれている歯車がよく見えるようになっている。天板の中央にも楕円形の金板がはめ込まれ、宝石で飾られていた。

 ステファンが箱の側面をそっと触ると、その宝石で飾られた部分が開き中から瑠璃色の羽を持つ小鳥が現れ、羽ばたきと共に美しい声でさえずる。小鳥はしばしの間さえずると、自動で蓋が閉まり、箱の中へと帰って行った。

 小鳥のあまりのかわいさに、知らず微笑んでいたようだ。


「気に入ってくださったようですね」

「こちらは?」

「オルゴールの一種で、オルテンシアではシンギングバードと呼んでいます」


 ステファンの言葉に、私は気になっていたことを聞く。


「どうやって小鳥を出したのです?」

「この部分につまみがあります。こちらを押して頂くと、先ほどのようにさえずります。やってみられますか?」

「ええ」


 ステファンはつまみが見えるように箱を動かす。言われたとおりにすると、先程と同じように小鳥がさえずりだした。


「これは魔力を使わず、機械のみで出来ているのです」

「魔力を使わないのですか?」


 思わず繰り返すと、ステファンは頷く。


「オルゴールと呼ばれる機械の一つで、オルテンシア国で最近開発致しました。こちらの底面にあるつまみをひねることで、永遠に歌を奏でます」


 小鳥が帰った後、箱を持ち上げてみれば底面につまみがある。それを回すと、手応えが返ってきた。仕組みはわからないが、すごい技術だということはわかった。


「気に入って頂けましたか?」


 伺うようなステファンの声に、私は頷いた。


「ええ、とても。このようなものを本当に頂いてもよろしいのですか?」

「勿論です」

「感謝します」


 その時だった。部屋に備え付けられた時計が三時を告げる音を鳴らした。いつの間にか予定していたよりも時間が過ぎていた。


「私はそろそろ失礼しなくては。ステファンも、本日はごゆっくり過ごされてください」


 立ち上がったところで、ステファンから声がかかる。


「晩餐は、ご一緒できますか?」


 私は、少し考えて頷いた。


「ご希望でしたら。後で迎えを差し上げましょう」

「お願い致します。少しでもシルヴィアと親交を深めたいですから」


 そして私はシンギングバードを運ぶよう侍従に命じ、謁見室を後にした。

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