2.不本意な婚約2

 執務室に戻ると、侍従にボードリエ侯爵を呼びに向かわせた。


「お待たせ致しました」


 ボードリエ侯爵は、父よりも年上で既に五十は過ぎていると聞いている。

 礼をし頭を下げる侯爵に、楽にするように言う。

 茶色の髪にはところどころ白髪が混ざっているが、その眼光は鷹の目の様に鋭い。


「陛下、ご葬儀、ご立派でした」


 ボードリエ侯爵の言葉に一つ頷くが、彼が話をしたいことはその件ではないだろう。


「話があると聞きました」

「おそれながら、陛下には早急に婚約者を選んで頂く必要があります」

「そのことですか」


 頷きながら、私は内心、お父様から聞いた婚約の話をボードリエ侯爵が知らなかったことに驚いていた。つまり、お父様は彼に伝えていなかったのだ。私も、あの後は即位と国葬の手配で伝える暇もなかった。


「つきましては、僭越ながら私が――」

「それには及びません」

「なんと……?」

「私の婚約については、前陛下が亡くなる前に手配されております」

「伺っておりません」


 訝しむボードリエ侯爵に、事実を告げる。


「私も、陛下が息を引き取られる直前に聞いたのです」


 さすがにこれにはボードリエ侯爵も驚いたらしい。わずかに目を見開いた侯爵に、私は相手の名を伝えた。


「婚約者はオルテンシア国の第二王子ステファン殿下です」

「オルテンシア国の。あの国は、王太子である第一王子と、一番下の妹姫の話は耳にすることがありますが、第二王子ですか」


 考え込むボードリエ侯爵に、私は首を傾げる。


「どういった方かご存じなのですか?」

「正直に申し上げて、第二王子のお噂は良いものであれ、悪いものであれ、聞いたことがありません」

「そうでしたか」


 お父様はどうしてそのような人物との婚約を結んだのだろう。

 私の婚約者を定めていなかったのは、お父様の判断だった。

 おそらくは血の濃さを問題視していたのだろうと、私は思っている。

 閉鎖的なグレイシス国は、王族も国内の貴族から迎えてきた。そのため、強い魔力を持った者が多い。爵位が上がるほど強い魔力を持った者が増え、それはこの寒さの厳しい国を治めるには都合が良いことだった。


 だが、強すぎる魔力は弊害を生んだ。この国の中で強くなり過ぎた魔力に体がついて行かず、魔力の強い者ほど寿命が短い。そのせいで、お父様も若すぎる死を迎えた。享年四十八歳だった。

 公にはされていないが、従妹のリサの持病も魔力が高すぎることが原因だと聞いていた。


(ただ、濃くなり過ぎた血を薄めるために、他国の王族の血を入れる、ということかしら――)


 だったら、国内のまだ王家の血が入っていない貴族でもよかったはずだ。その条件なら侯爵家にも該当する者がいる。もし、お父様が遺言を残さなければ自分で程良い人物を選ぶことも出来たのに。


(できるならば、結婚相手は自分で選びたかったけれど、決まったしまっているのなら、仕方ないわ……)


 ボードリエ侯爵は父が王位に就く前から宰相の位に就いおり、とても頼りになる。だが、侯爵だけを頼りにしすぎれば、よくない結果を生むだろう。

 だからこそ、私は伴侶には確固たる能力を持ち、時に私の盾となることができる政治的基盤を持った相手が良いと思っていた。


(ステファン殿下が優秀なら良いのだけれど。彼に国をまたいで噂になるほど秀でたエピソードはないようだし、期待はし過ぎない方がよさそうね)


 今の段階で婚約を解消するつもりはないが、覚悟は持っておいた方がよいだろう。


「陛下。まずは、急ぎ、婚約にまつわる書類を探して頂く必要があります」


 考えがまとまったのだろう、ボードリエ侯爵の言葉に、もっともだと頷く。


「探してみましょう。他に急いで決めなければいけないことはありますか?」

「婚約者についてと、服喪期間が終えた後の政務について少し話したかったのですが、まずは書類の捜索を最優先でお願い致します。私は第二王子の情報を集めます」

「確かに、それも必要ですね。そちらは任せます」

「かしこまりました。では、御前、失礼致します」


 私は侯爵が執務室を出ていくのを見送った。


(……そういえば、侯爵は誰を婚約者に推薦しようとしていたのかしら)


 特別聞く必要はなかったが、ボードリエ侯爵が誰を推そうとしていたのかくらいは聞いておいてもよかったかもしれない。


 私は人払いをすると、まずは執務室に婚約にまつわる書類がないか探し始めるのだった。




 婚約にまつわる書類は、療養のためにお父様が過ごしていた離宮にて見つかった。

 条件は、大まかに四つ。


 一つ、婚約期間はステファンはグレイシス国で過ごし、王配として教育を受けること。

 一つ、オルテンシア国の技術をグレイシス国へと提供すること。

 一つ、オルテンシア国へ魔術師の派遣を行い、魔術の研究に協力すること。

 一つ、婚姻後は王配となる王子に王領からノマス領を貸し与え、王配の私費はそこの収入から賄うこと。


 また、当然、婿に入る第二王子にはグレイシス国の継承権は与えられない。

 貸し与えるノマスの地は、私との間の子にのみ継承が認められるようだ。

 どうやら互いの国の交流を目的とした婚約のようだと、契約書からは読み取れる。


(けれど、オルテンシア国の魔導技術を取り入れて、何の意味があるの……?)


 純粋な魔術のみを尊び伸ばしてきたグレイシス国とは違い、オルテンシア国は魔術と錬金術とを組み合わせた魔導技術が進んでいる国だ。近年、その技術は分野によっては魔術を凌駕するとも聞くが、グレイシス国内では、魔導は魔術に劣るという認識だった。


(お父様のお考えがわからないわ……)


 いくら考えても、グレイシス国の今の状況を壊し、交流を行う利点は読み取れなかった。

 契約書と同じ場所にあった王子からの手紙には婚約への感謝の言葉がつづられている。

 文面から、ステファン王子が何度も婚約を求め、そのたびに、お父様が断っていたようだということはわかった。

 手紙は、わざわざ魔術でやりとりをしていたらしい。間に人が入っていないため、この婚約について知る人がいなかったようだ。


 ボードリエ侯爵の調査も、うまくいっていない。

 国境から外にでる手段がないため、まずはオルテンシア国へと行商でいったことのある商人から聞き取りは行ったようだが、ただの商人が知りえるのは市井に流れる噂程度だ。

 それも既に知られている情報でしかなく、春になればオルテンシア国へ調査員の派遣を行うと決まっている。


 

 そうして、季節も移り変わり、いつの間にか雪解けの春を迎えていた。

 喪も明け、溜まった執務に追われている最中に、国境から一通の手紙が届く。

 それは婚約者となるステファン王子が既に国境に来ており、後五日で城に到着するとの知らせだった。

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