帰りたい

洞貝 渉

帰りたい

 木枯らしが強く吹き付ける。

 歩くことで多少は温まっていた体が冷えるのは一瞬のことで、私は肩をすくめ手をこすり合わせた。

 はやく帰りたい。

 でなければ、せめて動きたい。

 はーと息を吐けば若干湿り気を帯びた白い呼気が手にかかるが、その熱を感じる間もなく吐かれた息は霧散し、後には指先が赤くなった手だけが残る。あまりの寒さに全身が震えてきた。


 私はこらえきれずにそれを強く引く。

 しかしピンと伸びたそれは微動だにせず、強固な意志を持って、まるでその場に根を生やしたかのように歩くことを拒否し続ける。


 帰ろう、ねえ、もう帰ろうよ。


 思わず懇願するような声音が出た。

 リードを引かれ、首輪に押し出された首の肉が軽く顔を押し上げ、とんでもない不細工な表情をする犬が、それでもつぶらな瞳でじっと私を見つめている。そして、身じろぎをした。動きを見せた犬に対し、私はわかってくれたのかと喜びかける。

 しかし次の瞬間、犬はおもむろにゴロンと寝転がってへそ天のポーズを取った。


 道行く人の反応は温かい。顔を少しだけほころばせ、じろじろと見つめすぎない程度に軽く犬に視線を送り、そのまま通り過ぎていく。


 周囲の反応を知ってか知らずか、犬はどこか得意そうな顔をしていた。

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帰りたい 洞貝 渉 @horagai

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