第3話 えっ? 魔法っすか?

 いい加減現実と向き合う覚悟を決めた俺は、玄関の扉から振り返り、部屋を顔を向けた。

 そこには心配そうに俺を見ている正体不明の金髪碧眼の彼女と……これまた相変わらず意味不明に光っている青いメッセージボード。


 ん? さっきは『石の中が何たら~』とか書かれていたのに、今は『新しい通知はありません』とか書かれてやがる。

 なんだよ『新しい通知』って!


 まぁ、いい。

 メッセージボードについては、もしかすると彼女の方が知ってるかもしれない。

 だって普通はそんな怪しい浮遊物を見たなら『うおっ! なんじゃこれ‼』と大声を上げてもおかしくない筈だ。

 なのに彼女と来たら全くそんな素振りないんだもん。


「えぇと、まず状況を整理しましょうか。正直俺も何が起こったのか分かってないですし」


 俺がそう言うと、彼女も心配の色を浮かべていた表情を和らげコクンと頷いた。


 俺は部屋に戻り、起き上がった時の体勢のままでいる彼女の前に座った。

 勿論相手を怖がらせないようにちょっと離れた場所でね。


「まず初めに安心して下さい。ここは一応地獄では有りません。あぁっと、言っときますが天国でも無いです」


 まぁ深夜までサービス残業まみれの毎日は確かに地獄とも言えなくはないが、それは俺の職場がブラック過ぎるだけだから違うと思いたい。

 そんな俺の言葉に彼女は困惑を隠せないでいた。

 オロオロと不安そうに目をキョロキョロさせて部屋の中の様子を伺っているようだ。


「だとしたら、ここはどこなのでしょうか?」


 また同じことを聞かれたが、ここでまた「俺の部屋です」と言うと堂々巡りになりそうなので、別の切り口を試すとするか。

 だって、さっきから天国だ地獄だと、なんか自分が死んでいることが当たり前と言う前提で喋っているんだもん。


「その前にまずはお互い自己紹介をしましょうか」


「え? えぇそうですね。分かりました」


 彼女はその言葉に少し落ち着きを取り戻したようで、俺を見つめながら素直に頷いた。

 問題の円満解決には何事もコミュニケーションが大事だ。

 仕事でもクライアントとの信頼関係を構築することが一番重要だしね。

 日頃からクソ営業がアホみたいな短納期と低価格で仕事取ってくるせいで、俺達エンジニアが顧客担当者と直接連絡を密に取って調整し直すなんて日常茶飯事なんだよ。

 その経験から学んだ社会人としての心得だ。


「じゃあ、まずは俺から。俺の名前は石渡 保。神でも悪魔でもなく、ごくごく普通の一般人。職業は開発会社に務めているしがないエンジニアさ」


「え、えんじにあ……?」


 あれ? エンジニアって言葉が通じない?

 なんだかキョトンとした顔で首をひねってる。

 金髪碧眼だからてっきり英単語は分かると思っていたんだけど……いや、そう言えばこの人は凄く日本語上手いな。

 実は純日本育ちだったりするんだろうか?


「ええと、技術者とか設計者とかは分かる?」


 詳しく説明しようとするとどうしても英単語が出てしまい、その度に首をひねられても話が進まないのでふわっとした説明にしておこう。

 多分、仕事内容なんかには興味ないだろうしね。


「あぁ、それなら分かります。凄いですね。どのような物を造られているのですか?」


 うおっと、思ったより興味を持ったぞ?

 まぁ、何も分からない状況を打破するために少しでも情報を得たいんだろう。

 話してもいいんだけど何も分からないのは俺も同じだからね。

 ここはあえてスルーをさせてもらおうか。


「いや~色々ですよ色々。それより貴女のことを教えて下さい」


「え、と、そうですね。私の名前はラステリア=マルドゥークと申します。職業は神聖魔法使いです。石渡 保様、どうかリアとお呼び下さい」


 そう言って彼女は頭を下げた。

 その丁寧な所作につられて俺も「いえいえ、俺のことは気楽にタモツでいいですよ」と言いながら頭を下げたのだけど……んん? 今『神聖魔法使い』とか言ってなかった? 

 確かにゲームに出てくる神聖魔法使いのローブに似てたけど、コスプレ衣装じゃなかったのソレ?


 彼女が降ってきた光の扉は既に消えているので、ワンチャン彼女のガチャ演出な登場シーンは過酷な残業疲れの幻覚かと思い始めていたんだけど、どうやら違うらしい。

 どちらかと言うと、やはりゲーム中に寝落ちして夢を見ている可能性が高いんじゃなかろうか?

 ここまでリアルな明晰夢を見ていることに心配になった俺はほっぺたを思いっきり抓ってみた。

 なんかリアルな明晰夢は寝てるくせに疲れが取れないとか、酷い場合は目が覚めなくなるとか聞いたからね。


 ぎゅぅぅぅっ!!


「痛ぇ! でもこれで目が覚め……てないっ!」


 どうせ夢だと思い、腫れるぐらい思いっきりほっぺたを抓ったのに、眼の前の風景は変わららずリアと名乗った神聖魔法使いの格好をした金髪碧眼の女性がいる。

 リアさんは俺の突然の暴挙に怯えるでもなく、ただ心配そうな表情で俺の腫れた頬を見ている、そして……。


「キュアディジーズッ!!」


 と、なんかどこかで聞いた呪文を唱え出した。

 まだこの瞬間までは『呪文唱える演技なんて、えらく気合の入ったコスプレイヤーだなぁ』なんてことをのんきに考えていたんだけど、どうやらその認識は違ったようだ。


「あ、あれ? 頬の腫れが……痛くない?」


 ちょっと、マジでこの人呪文使っちゃったよ。

 俺は腫れの引いた俺の頬を見て安堵のため息を吐いてるリアさんを、ぼーっと見つめる。

 こうなったら認めるしか無いな。

 リアさんが神聖魔法使いだということを。

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