第2話 現実逃避するしかない

 眼の前には大きな青い瞳で俺のことを見上げている金髪の白人(?)女性。

 年齢は24歳の俺より少し下くらい?

 なんか外人の年齢はよくわからないな。

 そんなことよりハリウッド映画でさえ見た事が無い程の超美人だ。

 その彼女なんだが、「ここはどこ?」と聞いておきながら、全く俺のことを警戒していないのか純真無垢な眼差しで俺を見詰めてる。

 仮にも男の部屋に突然やって来たのに一切警戒しないって何なの?

 止めてくれ、そんな目で見られると卑しい俺なんか消え去りそうになってしまう。


 なんだかその奇麗な瞳と神様の加護がかかってそうなありがたい衣装との混合技で、何の変哲もない一般人の俺なんか本当に浄化されて消えてしまいそうだ。

 そんな卑屈な考えが浮かんでくるくらい眼の前の女性の姿は女神のようだった。

 もう何故彼女が光の中から現れたのかどうでもいいか……いやよくないけど。


「あ、あの……? どうされました?」


 またもや現実逃避の脳内セルフツッコミしていると、何も言わずに固まっている俺を訝しく思ったのか、彼女が俺にそう尋ねてきた。


「な、何でも有りませんっ! えっと、ここの場所ですよね? ここは俺の部屋です」


 思わず敬語で答えてしまう俺。

 いや仕方ないって、気心の知れた同級生の女友達とかと違って超芸能人級の美人と気安く喋れるわけ無いじゃん。

 これでも頑張ったほうだと思うぞ。


 そんな俺の脳内会話をよそに、彼女は俺の答えた内容に少なからずショックを受けたようだった。


「ほ、本当にここはあなたの部屋なんですか?」


「えぇ……多分?」


 俺の部屋と言ってはみたものの、改めて聞かれるとそれは正直俺にも分からない。

 確かに俺の部屋ではあるんだけど、いや、あったんだけど、そもそも俺の部屋にこんなコスプレ美女がいるはずがないんだよね。

 酔った勢いでデリヘルを呼んだとかでもない限り。

 と言うか、こんな美女がデリヘルで来るわけねぇって‼

 それも天井から落ちてきたとか、俺の部屋はそんな異常地帯じゃないんだよ!……と思う。

 まぁ、ボロとは言え都心なのにクソ安い家賃だったり、内見の時に不動産屋がアパートの入り口で待っていると言って敷地に入って来なかったりと、色々気になることはあったけど、大〇てるのサイトで調べても大丈夫だったんだから問題無いはずだ、うん。

 いまだに部屋の中に青く光る謎のメッセージボードは浮かんでいるけどな。

 と、またもや脳内で現実逃避をしていると目の前の彼女の瞳のキラキラが輝きを増し、笑顔を浮かべ出す。

 そして、とんでもない事を口にした。


「と言う事は、あなたは神様なのですね!」

「いえ、違います」


 なんだか満面の笑みな彼女の言葉を俺は秒で否定した。

 だって怖いじゃん! 急に「あなたは神ですか?」とか聞かれたら。

 まぁさっき遊んでたゲームじゃハイランカーだったわけだから、何度か「神」扱いされた事はあるけどさ。

 『神業テクニック』とか『軍神様』みたいなとかね。

 街中で突然エンカウントする「あなたは神を信じますか?」と宣いながら通行を阻害してくる人達も勿論怖いけど、満面の笑みを浮かべて「あなたは神ですか?」はやっぱり怖いって。


「ち、違うのですか? じゃあ此処は天国ではなく地獄……?」


 『だから俺の部屋だってっ!』とツッコミ入れそうになったけど飲み込んだ。

 だって「地獄?」と言った彼女は本気で絶望しているみたいだもん。

 ガクガク震えちゃったりしてさ。

 まぁ順番は逆になったけども、それが見知らぬ男の部屋で目覚めた女性が取る正しいアクションなんだよね。


 だからと言ってこのまま怖がらせたままなのも問題だ。

 恐怖のあまり叫ばれたりでもしたら、防音効果なんて皆無なこの部屋じゃ周辺の住民に丸聞こえじゃん。

 それこそ秒で警察に通報されてしまう……うん?


「あっ! やべぇ! さっき天井から落ちてきた音! あれも十分危険じゃん。 隣の奴は深夜の俺のシコ音でさえ語源の方の壁ドンしてくるってのに……」


 それだけじゃない、下の階は現在空き部屋だけど、こんなボロアパートじゃ建物全体に響くって。

 あまりに衝撃な出来事にそんな重大な危機を忘れていたとかヤバいじゃないか!


 俺は慌てて耳を澄ます。

 ……あれ? 隣の部屋から何も聞こえない? あんなに大きな音したのに?

 いつもなら、まるで俺の部屋を盗聴しているのかと思うくらい俺の動きに反応して的確に語源の方の壁ドンしてくるというのに!


「ん? 隣の音どころか、近くを走るダンプの音さえ聞こえない……? どうなってんだ?」


  このアパートは大きな幹線道路から一本筋を入った路地裏みたいな場所にあるんだけど、深夜と言えど配送に勤しむダンプとかは走っているわけだから聞こえてくるわけ。

 それなのに一切聞こえないとか明らかにおかしいじゃん。

 その事に気付いた俺は慌てて玄関まで駆け寄り扉を開けた。


「え?」


 俺の焦りをあざ笑うかのように目の前に広がる景色はいつも通りの近所の光景。

 車の音だけじゃなく近くの民家の夫婦喧嘩の声やリーンと鳴く虫の音もしっかりと耳に入ってくる。

 一度扉を閉める。

 そしてもう一度開ける。

 相変わらず見慣れた風景に環境音。


「やっぱり変わらねぇ」


 これ以上、扉を開け閉めしても仕方ねぇな。

 逆にその音に反応して隣の奴が怒鳴り込んできてもアレなので俺は扉を閉めて鍵をかけた。

 そこで改めて気付いたが、やはり扉を閉めると一切の外音が聞こえなくなるようだ。

 あれ? 大家さん、俺が気付かない内にマンションに防音対策工事でもしたのかな?

 あ~また現実逃避してるや俺。


「すみません、大丈夫ですか?」


 玄関で首を捻っている俺に、先程まで自身の状況に怯えていた彼女が、本気で俺を心配しているような感じで俺に声をかけてきた。


 おいおい、めっちゃ優しいじゃんこの子。

 目の前の見知らぬ男が突然訳の分からない行動取り出したというのに、それ以上に訳の分からない状態にいる自分の事より、俺のことを気遣うなんてさ。


 仕方ない、いい加減現実逃避はやめてこの異常な状況を整理するとしますか。

 だって明日も仕事だし、早く解決してひと眠りしないと。


 ……まぁ、もう既になってるんだけどね。

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