俺の賃貸1DKボロアパートの部屋が『石の中』に設定されてしまった件
やすピこ
第1話 深夜の異邦人
現在草木も眠る丑三つ時。
俺こと
「はぁ……今日もサービス残業かよ……。そろそろ労基にチクってやる」
そんな愚痴を言いながら階段を登り、廊下の一番奥にある俺の部屋のドアを開けると、そこには誰がが待っているというわけもなく、ただいつものように薄暗い部屋が広がっていた。
令和の時代に今どき存在するのかと思う土壁は経年劣化から薄汚れ所々ひび割れており、部屋を支える柱は茶色を超えてどす黒く色褪せている。
どこか壊れていると言うわけでもないけれど、なぜか心底落ち着かない部屋だ。
ゴキブリとか普通に台所を走っているしな。
あと隣の部屋の音とかもよく聞こえたりする。
この通り部屋に愛着どころか憂鬱な気分にしかなんないんだけどさ、これが今の俺の現実なんだよ。
田舎者が一度は憧れる都会の一人暮らし、でも現実は甘くない。
それに無駄に高い家賃を払って良い部屋を借りたとしても、これだけ深夜帰りの毎日じゃ滞在時間的に家賃の元が取れる気がしないしさ。
ただでさえ薄給な俺にとって、これは大きすぎる負担だ。
くそボロくて狭いと言う事に目を瞑れば、キッチンユニットバス付きなのに事故物件を疑うレベルな超安い家賃、それに一応会社から徒歩圏内というメリットがあるこのアパートは、ギリ妥協の落とし所と言うわけ。
そんな毎日を送る俺の唯一の楽しみが、帰宅後にするネットゲームだ。
仕事が終わって帰ってきた瞬間に、PCの電源を入れて、モニターが明るくなるのを見たときの安心感。
まるで、会社の毎日課せられる過酷なノルマから逃げられたような気分になる。
椅子に座って、ゲームのログイン画面を見つめる。
画面には、学生の頃から育てに育てた俺の愛すべきキャラクターの名前「ロックキープ」が表示されている。
このゲームはよくあるファンタジー世界観のMMORPGでそれなりに人気のあるゲームだ。
名前の由来は察しの通り「石渡 保」から取った安易なネーミング。
だけど、そんなキャラ名だけどこのゲームの中ではTOP10に名を連ねるハイランカーなんだぜ。
「さて、今日もクエストをこなすとしますか……」
と、早速いつも通りゲームを始める俺。
平凡な一般人である俺が、異世界の冒険者になりきって魔王を倒すなんて、現実にはあり得ないことだ。
だからこそこの現実から逃げたくて、だからこそこの
いつも通りギルドの仲間とチャットしながら黙々とモンスター共を倒していく。
ほぼルーチンワークになっているが、それがまた楽しくてたまらない。
しばらくして、中々手強かったダンジョンボスをソロ討伐した俺が報酬画面を確認しながら、ちょっとした息抜きで手元の缶コーヒーを飲み干すと、突然、部屋の中に「ピコン!」と電子音が鳴り響いた。
「ん?」
思わず画面から目を離して、音の出所を探す。
すると部屋の中央に、青く光るメッセージボードが浮かんでいた。
そこにはなにか白い文字が書かれている。
『あなたの部屋が石の中に設定されました』
...え?何だこれは?そんな意味不明なメッセージが、まさかPCの画面に表示されてるわけでもなく、部屋の空間そのものに浮かび上がっているなんて。
「はぁ?どういうことだよ...」
俺はそのメッセージをしばらくポカンと見つめた。
意味が分からない。もしかして、PCに取り付けているカメラが実はプロジェクターになっておりゲームと連動して何かのイベントでも始まったのだろうか?
いやいや、そんな筈はないな、だってこれはコロナ禍で一瞬だけ我が社で行われたリモートワークのために購入した安物だ。
そんな機能なんてあるわけ無い。
それとも実はダンジョンボスを倒しておらず、寝落ちした俺が見ている夢なのだろうか?
そんな事を考えながらただじっと眼の前のメッセージボードを見つめていると、突然、部屋の天井に光の塊が現れる。
俺は何故か分からないけど、その光のことを『扉』なんだと理解していた。
見つめる先の光からひとしずくの滴のようにゆっくりと赤い別の光が降りてきたかと思うと、今度は一気に膨れ上がり部屋中が赤い光で満たされた。
「な、なんだこれ!」
俺は思わず目を細めて、赤い光の中心を凝視する。
さっきのメッセージボードもまだ空中に残っているようだ。
だが、それどころではない。
部屋を満たしいていた赤い光が、今度は一点に集まり天井の光の扉に向かってすごい勢いでぶつかった。
そんな光景をまるでゲームの課金ガチャの演出のようだと思う自分がいる。
人間理解の範疇を超えると現実逃避をすると言うのは本当みたい。
そんな風に自分の呑気な考えに自嘲していると、光の扉の中から今度は白く光る何かが降って来た。
「うわっ!」
その何かは俺の眼の前にドスンと音を立てて落ちる。
光が収まると、そこには人の姿が横たわっていた。
「は……、えっ?」
よく見ると、その姿は、金色の長い髪の見知らぬ美しい女性だった。
見た目は、まるで異世界の冒険者のような姿。
しかも服装は何か神聖な加護が有りそうなローブを着ている。
なんだかさっきまでやっていたゲームに出てくる神聖魔法使いの衣装ようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌ててその女性のもとへ駆け寄る。
落ちてきた衝撃で多少無理な姿勢で倒れているが、胸が上下する様子からするとどうやら生きているようだ。
それに彼女は俺の声に反応したようで、ゆっくりと目を開けたかと思うと周囲をキョロキョロと見回し、ふわりと起き上がった。
そして、驚いた様子で駆け寄ってきた俺をその青い瞳で見上げた。
「……ここは、どこですの?」
驚いて悲鳴を上げられるかと思ってたのに目が合うと、なんだか妙に落ち着いた声でそう言われて、俺は一瞬言葉を失った。
――俺の部屋に、女神みたいな美しい魔法使いが落ちてきた。
どうして、こんなことになってるんだ?
驚きと困惑の入り混じった気持ちで彼女を見つめる俺の胸の奥には、今まで何の変哲もない筈だった俺の現実がこれから予想もしない方向に進んでいく予感が確かに浮かんでいた。
これから一体何が起こるんだ?
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