第8話 夢か現か
口内に広がる肉の味に体中の細胞が喜んでいる。
腹の底が満たされていく満足感。
乾ききったスポンジが水を吸い込むように、失われていた力が体に戻ってくるのを感じる。
くうううぅ! うんめぇ! ああ、生きてる。本当に、生きているんだな! 俺は!
ジャイアントラットの巣に踏み込まず、そのまま洞窟内を出口を探して歩き回っていたら、飢え死にしたはずだ。
その時、俺が一体どんな姿になっていたか、想像するだけでゾッとする。
もしかしたら、俺が倒したスケルトンの仲間入りをしてたかもしれない。
そんな残念な結末の未来が、ほんの数時間前まで、すぐそこに迫っていたが――。
今ではどうだ? 自己再生のおかげで、服の擦り切れ以外、傷一つない身体。
骨の鎧だって、刃物を通さない頑丈さだ。
危険察知のおかげで、敵の気配をいち早く察知できる。
それもこれも、四肢を失い、スライムに窒息させられて死にかけた際に得た収奪スキルのおかげだ。
本当に、とんでもない力を手に入れたものだ。
倒した相手のスキルを奪う力のおかげで、俺はここまで生き延びることができ、ゴミカスだった自分の力を増すことができた。
まさかこんな事が起こるなんて、夢にも思わなかった。
いや、夢でさえ、こんな都合の良い展開はあり得ないと思っている。
あまりに都合が良すぎて、もう俺は死んでいるのではとうっすら思ってたりする。
頬を抓ってみると、痛みが走った。
やっぱりこれは現実に起こってることだ。
たぶん、スライムに殺されかけた時に聞こえた声の主が、俺にこの収奪スキルの力を与えたやつだと思うが――。
魔人ヴィネの声ではなかった。
低く、重く、それでいてどこか人を見下し侮蔑した声。まるで、自分が絶対的上位者とでも言いたげな傲慢さを持っていた。
あの声は一体何だったのか? 誰が、何の目的で、俺にこんな力を与えたのか?
考えれば考えるほど、疑問は深まるばかりだ。
神の声? ヴィネとは違う魔人の囁き? それとも、全く別の何かなのか?
もし神の声だとしたら、なぜゴミカスな探索者に過ぎなかった俺のような人間にこんなすごい力を与えた?
俺はこれまで、神に祈ったことなんて一度もない。むしろ、こんなクソッタレな世界を生み出した神を死ぬほど恨んでいた人間だ。
そんな俺に、神が慈悲をかける理由など、どこにもないはずだ。
では、魔人の囁きだとしたら? ダンジョンに住む魔人が人間に力を与えるのは、その魂と引き換えというのが相場だと聞いてるが――。
俺はまだ何も失っていない。少なくとも、自覚している限りでは。
これから何かを奪われるのだろうか? それとも、既に何かを奪われているのに、俺が気づいていないだけなのだろうか?
いや、待てよ。本当に何も失っていないのか?
あの声が聞こえた時、確かに、何か大切なものを失ったような、そんな気がした。
漠然とした不安感、言いようのない喪失感。
それが一体何なのか、具体的な形を持って示すことはできない。だが、確かに、何かを失った気がする。
もしかしたら、記憶か? 過去の記憶の一部が抜け落ちているのかもしれない。
それにしては、日常生活に支障をきたすような記憶の欠落はない。少なくとも、今まで起きたことは覚えているし、愛菜とのことも、過去の嫌な記憶もたくさん残ったままだ。
それとも、もっと抽象的なものだろうか? 例えば、感情の一部とか、人間性の一部とか……。
収奪スキルの影響か分からないが、恨みや怒りなどの感情が増幅され、闘争本能、そして生存本能を強く感じられるようになった気がする。
理性って言われるものが、ぶっ壊れた可能性はあるよな……。
もしそうだとしたら、俺はスキルの力を得る代わりに、人間としての理性を失っていくのだろうか?
いや、そんなことはない。そうであってたまるか! 俺は、俺だ。
もしまた、あの声が聞こえることがあるなら、今度はしっかりと問い詰めてやる。
お前は一体何者だ? 一体何が目的なんだ? ってな!
けど、目的を聞いたところで俺の気持ちに変わりはねぇ! この力は、俺がこのクソみたいな世界の全てをぶっ壊すために与えられたもののはずだ! 誰であろうと邪魔をさせねえ! それがたとえ神であろうが魔人であろうがな!
全員ぶっ殺してやる! それだけが俺がこの世界に生き延びた理由だからな!
腹が満たされたことで、眠気が襲ってきた。
今後のことをしっかりと考えなければならないが――。
今は、睡眠をとるのが最優先だ。
幸い、収奪スキルで得た危険察知のおかげで、敵意を持った者が近づけば警告音が鳴るので危険は回避できる。
眠っているところを襲われて殺されるということはないはずだ。
用心のため残り1本となった錆びた剣を手近なところに置くと、焚火の前で横になり眠ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます