第5話 収穫から収奪へ



 浮遊感がなくなり、地面に落ちると背中から激痛が走る。



 周囲を見まわすと、ゴツゴツとした岩肌がむき出しになっており、洞窟のような場所だった。



「どこ……だ。ここ」



 四肢を失った痛みで意識が朦朧とする中、肩に何かが触れる。



 俺は恐る恐る視線を横に向けると、それは人の骨だった。



「ひぃ!? 人の骨!?」



 人骨の存在に怯えた俺の身体にべしょりと何かが降ってくる。



 視界に現れたのは、プルプルと震える不気味な影だった。



 このダンジョンに棲みつく、最も弱い魔物の一つがスライムだ。



 だが、今の俺には、そのスライムがどれほど恐ろしい存在なのか、痛いほど理解していた。



「来る……な。来る……な。やめろ、来る……な」



 魔人ヴィネによって両手両足を踏み潰されて失い、這うことすらままならないし、意識を保っているのもやっとだった。



 それでも、スライムは容赦なく俺の身体にまとわりつき、皮膚を溶かそうと粘液を浴びせてくる。



 必死に抵抗しようとするが、力尽きそうだった。



「なんで、こんなことに……ちくしょう。ちくしょう……」



 意識が遠のく中、何度もその言葉を繰り返していた。



 探索者として一獲千金を成し遂げ、幼馴染の愛菜を迎えにいくことを夢見て、このダンジョンに足を踏み入れたはずだった。



 自分の力を鍛え、強い魔物を倒し、大金を稼ぐつもりだったのに……。どうして……こんなことになっちまったんだよ。


 

 俺の置かれている現実は、あまりにも残酷だ。



 パーティーのメンバーは、俺を裏切り、逃亡。



 幼馴染の愛菜には再会こそしたものの、一緒に地上に戻れず、信じていた彼女に置き去りにされ、絶望。



 四肢を失った俺の目の前には、死がすぐそこに迫っていた。



 現実に起きたクソみたいなことが、俺の心を打ちのめし、世界を創った神に呪いの言葉をぶちまけたい気分だった。



「なんで、なんで、俺だけなんだよ……。俺だけがこんな目に遭わないといけないんだよ。何か俺が悪いことをしたのかよ。なぁ、誰か教えてくれ! なぁ、頼む! 誰か俺に教えてくれよぉ!」」



 身体にまとわりついたスライムは、俺の絞り出した声に反応することなく、粘液で皮膚を溶かすことに夢中だった。



 親ガチャに外れたカスは、カスみたいな人生を歩み、ゴミみたいに死んでいくのが定めとか言うのかよ。



 なんで、なんで、俺は――。



 憎しみ、悔しさ、絶望。



 それらの強い負の感情が、俺の心を満たし、冷たくしていった。



 顔の近くに居たスライムが、叫ぶ俺の口と鼻を塞ぎ始めた。



 こ、呼吸ができ……ない……。カスでゴミな俺はこんな死に方がお似合いってことかよっ!



 これでやっと、こんなクソッタレな世界とはおさらばできて、楽に――。



 信じてた愛菜にすら裏切られたんだし、もう生きる意味なんてない。



 ただ、この世界を呪い、恨み、そして消えたい――そう思った。



 呼吸ができず窒息しかけ、視界が白く染まっていく。



 死を近くに感じた時、心の奥底から、沸々と湧き上がってくるものがあった。



 本当はまだしに……たくねぇ。しにたくねぇ……よ。



 自分の力では生きられないのに、のうのうと暮らすやつらがいる不公平な世界にすり潰されて、必死に真面目にやってきた俺が死んでいくなんて許せねぇ!!!



 俺は……しにたくねええええええええええええええええええええええええええええっ!! クソッタレがよっ!! ぜってぇ、この不公平な世界を創ったやつをぶっ殺してやる!!! じゃなきゃ、あんまりにも俺の人生はみじめすぎるだろがっ!!



『なら、このクソッタレな世界をお前が壊してみせろ。そして、オレを殺しにこい、神々戎斗』



 その声が聞こえた瞬間、俺の体内に何かが生まれ変わったような感覚が走った。



 まるで、俺の心の奥底に眠っていた何かが、今、目覚めたかのようだった。



 俺の身体から、奇妙な光が輝き始めた。



 これは……。なんだ?



 混乱する俺の目の前で、身体を包んでいた光は次第に形を変え、一つの光の球へと変化していった。



 光の球となった物体が、俺の身体に飛び込んでくると、目の前に文字が浮かび上がった。




【スキル名】収奪


【効果】倒した敵のスキルを全て奪う。




 収奪……? 俺のスキルは【収穫】のはずだが……。



 窒息しかけているため、浮かんでいる文字の意味を深く考えることができずにいる。



 死んでたまるかっ! 死んで! このクソみたいな世界をぶっ壊して、あの声の男をぶち殺すまで死んでたまるかぁああああああっ!



 俺は必死になって、口の中にいたスライムの核を歯でカチ割っていた。



 絶命をしたスライムが震え、核を失ったスライムが液体となって、顔を流れていった。



「ゲハッ! ゲハッ! ゲハッ! ふーっ! ふーっ! はぁあああっ! 死んでたまるかってんだっ! クソが! プッ!」



 口内に残っていたスライムの砕けた核を吐き出す。



 同時にさっき見た光の球と同じようなものが、また俺の身体に飛び込み、文字を浮かび上がらせた。




【スキル名】自己再生(微)LV1


【効果】自らの身体を自己再生させる。再生量は微量のため時間がかかる。




 自己再生……。勝手にスキルが増えてるとでも言うのかよっ! それって――さっきの収奪スキルの力ってことか?



 どうなってるんだよっ!? とりあえず、痛みがさっきよりも引いてきた気がするが……。



 こっちは自己再生スキルの力か?



 くっそ、どうなってるか分からねえなら、もう一度試してみるしかねえ!



 必死に四肢を失った身体を動かし、顔の近くにいた別のスライムに噛みつく。



 粘液に触れた口が爛れて痛みを発するが、気にすることなく、その核を歯で噛み砕いだ。



「さっきと同じ光の球だ」



 さっきと同じように倒したスライムから発生した光の球が、俺の身体に吸収された。




【スキル名】自己再生(微)LV1→LV2




 浮かんだ文字にはスキルLVが上昇したことがしめされ、身体の痛みがさらに和らぐ。



 自己再生(微)スキルのレベルがあがってる。



 あの光の球は、スキルの力を凝縮したものって感じか。



 つまり俺が持つ収奪スキルの力で、倒した敵のスキルが光の球となって、奪うことができているということだよな。



 だったら――。



 痛みが引き始めた四肢のない身体を動かし、這いずりながら、新たなスライムを見つけ、歯で核を噛み砕く。



 1匹、2匹、3匹、核を砕きスライムの持つ自己再生(微)スキルのLVが上がるたび、身体の痛みが引いていった。



「これで、10匹目っ! 逃がすかよっ! 俺に喰われろっ!」



 逃げ出そうとしていたスライムに追いつき、大きな口を開けて、噛みつくとその核を砕いて絶命させる。




【スキル名】自己再生(微)LV10→自己再生(小)LV1に進化しました。



【スキル名】自己再生(小)LV1


【効果】自らの身体を自己再生させる。再生量は少量のため時間がかかる。欠損部位の再生も始まる。




 スキルが進化したらしい。欠損部位の再生か。



 進化したスキルの力を確認していたら、失ったはずの手足にむず痒さを感じた。



 千切られた腕や足が徐々に再生してやがる……。俺はバケモンにでもなったのかよ。でも、もっとスライムを喰らえば再生速度が早まるってことかもしれない。



 徐々に再生しつつある手足を使えるようになったため、先ほどまで比べ格段に這い回りやすくなった俺は、腹も減っていたこともあり、周囲のスライムを喰らい始める。



 粘液で内臓が焼け爛れる痛みこそあるものの、空腹や喉の渇きには勝てず、口に入れたスライムの核だけ噛み砕と吐き出し、その液体を飲み干す。

 


「まぢいいぃいっ!」



 元スライムだった液体はお世辞にもいい味とは言えず、どぶの水を何十倍にも濃縮したえぐみと臭みしかないものだった。



 一方、吐き出した核は光の球となったが、今までみたいに俺の身体の中へ入り込む様子を見せずに漂っていた。



 しばらくすると、光の球は黒い石となって地面に落ちた。



 その後、何匹倒しても黒い石になるだけでスキルのレベルアップは起きなかった。



 10匹目を倒したところで、地面に落ちていた黒い石が淡い光を帯び、宙に浮かんだ。



 10個の黒い石が集まり光の球になって、俺の身体に飛び込んできた。



【スキル名】自己再生(小)LV1→2



 ずっと上がらなかった自己再生(小)スキルがLVアップした。



 ということは、進化前のスキルだった場合、取り込まれずに黒い石になり、進化できるようになると光の球となって取り込まれるっぽいな。



 そういうLVアップシステムらしい。



 でも、スキルがLVアップするなんて話は聞いたことがないし、複数スキルが身体の宿ることも聞いたことがないんだが。



 けど、今はそんな考察は後回しだ。



 死なないことが最優先。



 そのためには、もっとスライムを喰って再生力を高めないとな。



 自分の身に起きていることに首を捻りながらも、半ばまで再生した手足で動き回り、逃げ惑うスライムたちを捕食していく。



 俺にとってもうスライムは恐ろしい存在ではなく、空腹を満たし、スキルを成長させるための餌でしかなかった。



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