第4話 すべてを失った者
「戎……斗……い、いま助ける……から……ゴホ、ゴホッ」
剣を杖に起き上がった愛菜の口から、大量の血が吐き出される。
吐き出した血の量は多く、明らかに身体に重大な損傷を負った様子だった。
「愛菜、無事なのか!」
「ぜ……ったいに、たすけ……」
愛菜が剣を杖によろよろと、俺の方へ向かって近づいてくる。
半ば意識を失っているようだった。
「小娘には、我に殺される栄誉をやろう」
巨大な剣を振り上げた魔人ヴィネが愛菜に狙いを定めた。
振り下ろされる瞬間、氷の粒が魔人ヴィネに当たり凍り付いた。
ポータルの近くに残っていた愛菜の仲間の一人が、俺に向かって話しかけてくる。
「すまない……。瀧野はもう戦える状態ではない。我々は瀧野を失うわけにはいかないのだ。悪いが、君を助けることはできない。すまない。本当にすまない。我々にできるのはここまでだ」
「待て、待ってくれ……。俺を置いていくな。頼む、なぁ、頼むよ! 愛菜からも仲間に――」
「しみ……ずさん、戒斗を……」
「瀧野、無理だ。彼を助けようとすれば、こちらが全滅する、リーダーとしてこれ以上、ここに留まることは許可できない」
身体の痛みをこらえ、必死に這いずって、愛菜のいる脱出ポータルの方へ向かう。
「悪い、もう、時間だ」
「し……みずさん、おねがい。おねがい、戒斗を」
「ダメだ。我々のパーティーが決めた『自分たちが生き残るのが先決』というダンジョンの鉄則を忘れるな。情に流されしまえば、我々の命がない」
「でもぉ……戎斗が」
愛菜の瞳が、俺の姿を捉えて離さないでいる。
「愛菜……頼む、俺を見捨てないでくれ……頼む。生きて、生きて帰りたいだけだ。頼む」
俺は手を必死で伸ばし、愛菜に助けを求めた。
愛菜もふらつく身体で俺に向かって手を差し伸べるが――その距離は今の俺では永遠に届かないと思えるほど離れている。
清水と呼ばれた魔法使いの男が、ふらついた愛菜を抱き上げた。
「瀧野! 諦めろ!」
清水の言葉に愛菜は唇を噛み締め涙を流すと、小さく『ごめん、戒斗』と発したように聞こえた。
お前もか……お前も俺を土壇場で裏切るのかよっ! 愛菜! なあ! やめてくれよ! お前がいなくなったら俺はもう何も信じるものがなくなるんだぞっ! なぁ! 愛菜!
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 愛菜まで俺を裏切るなんて! 嘘だ! 嘘だ! うそだぁあああああああああああああああ!
「戎斗君、すまない。瀧野は必ず私が助ける」
「待ってくれ! 頼む! 俺は、俺は――こんな場所で死にたくないっ! たのむうううよぉおおおお! 愛菜――――――っ!」
愛菜を担いだ清水は、必死に手を差し伸べる俺に頭を下げると脱出ポータルに飛び込んだ。
そして、淡い光を宿した穴は、そのまま閉じて消えてしまった。
「ちくしょうううううううううううううううううううううううううっ! なんで、俺なんだよっ! 俺だけなんだっ! くそがぁああああっ!」
全身の痛みと、自分の人生のクソさと、信じていた幼馴染にさえ裏切られ、置いていかれた絶望で涙が溢れて止まらなかった。
「ふん、逃げおったか。だが、雑魚が一匹は見捨てられたようだな」
俺の目の前にきた魔人ヴィネが、俺の左腕を無造作に踏み潰す。
「ぎぃいいうううううううっ!」
「雑魚を倒しても、我が得る物はなく、つまらぬ。どうせなら余興の贄にでもしてやろう」
うすら笑いを浮かべた魔人ヴィネは、残っていた俺の右足も同じように踏みつぶした。
「がぁああああああああああっ!」
「お前みたいな雑魚など、スライムの餌となって溶け去るのが似合いだ」
そう言った魔人ヴィネは、力なく垂れ下がった俺の手足を引きちぎった。
「手がぁあああ、足がああああっ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁああ!」
「うるさいやつめ」
魔人ヴィネが指を鳴らすと、先ほどとは違う真っ黒な穴が虚空に出現した。
「せいぜい息絶える時まで、我を楽しませてみよ」
身体を掴んだ魔人ヴィネは、そのまま俺を黒い穴の中に放り投げた。
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