第3話 剣聖となった幼馴染
「このダンジョンは危険度指数が探索限度を超えました。なので、もうすぐ完全閉鎖されます。仲間が今、脱出ポータルを用意してますので、すぐに脱出を――」
意識が遠のきそうになる中、聞き覚えのある声がする。
視界の端の見える青い光を放つ剣を携えた黒髪の若い女性剣士に向け、絞り出した声で呼びかけた。
「愛菜……か?」
「その声……もしかして、戎斗?」
愛菜は幼い頃から一緒に過ごした、俺の唯一の理解者。まさか、こんな場所で再会するなんて……。
「愛菜、なんで…?」
「探索者ギルドから、宝箱のテレポーターにかかったパーティーが深層階にいるって連絡を聞いたから、助けに来たの。まさか、戒斗がいただなんて……」
愛菜は、俺の傍に駆け寄ると、震える手で俺の頬に触れた。その温もりが、かすかな希望を与えてくれる。
「すぐに回復薬を」
愛菜が腰のポーチから赤い液体で満ちた瓶を取り出し、俺の口に流し込む。
液体が胃の中に落ちると、身体中が発する激痛が少しだけ和らいだ。
「どうしてこんなことに……?」
愛菜の問いかけに、俺は必死に声を絞り出し状況を説明しようとする。
孤児院を出てからのこと、探索者になったこと、そして、この魔人ヴィネと戦うことになったこと。全部、愛菜に伝えた。
「いつか愛菜を迎えに行こうと思って、探索者になったのによ……。頑張ってみたけど、ゴミスキルしかなくて、役に立たないって、みんなにバカにされて……このざまだ。カスは、カスらしい人生しか送れないようになってるみたいだ」
そう言うと、自分の目から涙が溢れてくる。もう、頑張りたくない。こんな世界、いやになる。
「戎斗……」
愛菜は、俺の頭を優しく撫でる。
その温かい手の感触が、孤児院を脱走してから一度も穏やかにならなかった心をを落ち着かせた。
「そんなことないよ。ゴミスキルだって言われてる力も、きっといつか役に立つ時が来る。それに、あなたは誰よりも強い。だって、こんなにボロボロになってまでも仲間を守ってきたんだもの」
愛菜の言葉に、少しだけ心が温まる。
でも、現実には魔人ヴィネには重傷を負わされ動けず、脱出するにはお荷物だった。
回復薬で痛みこそ多少和らいだものの、失った血の量が多く、意識が遠のき始めた。
「愛菜、ごめん。俺……もう、無理みたいだわ……。最後に会えて……」
「戎斗、そんなこと言わないで! 私が絶対に助けるから、大丈夫! 一緒にここから出よう!」
愛菜は、そう言うと、俺の身体を支えるように肩を貸してくれた。
「んぐっぅううううっああああ!」
折れて潰れた手足に残った神経が、悶絶するような痛みを脳に送り込んでくる。
あまりの痛みで噛みしめていた唇が切れ、口の中に血が流れ、鉄臭い味が拡がった。
「脱出ポータルで外に出たら、回復魔法の使える人がいるから我慢して! 戒斗ならできるからっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ああ、頑張ってみるよ……。がぁああああああああああああっ!」
一歩進むだけで、身体中に針を数千本刺し貫かれたような痛みが走り、意識が飛びそうになる。
二歩、三歩と脱出ポータルの完成を待つ仲間たちのもとへ進む。
「あと少しだから、戒斗ならいける。あと少し――」
「瀧野! 魔人が動くぞ!」
愛菜の仲間から警告の言葉が飛んだ。
「氷が溶けていく! 動くぞ! あいつ! 氷漬けで死んだんじゃ……」
「魔人が簡単に死ぬかよっ!」
俺のパーティーメンバーたちも顔を蒼ざめさせていくのが見える。
ゆっくりと振り返ると、魔人ヴィネの全身を覆っていた氷が溶けて蒸発し、湯気が身体から立ち昇っていた。
「少しは楽しめそうなニンゲンが来たようだな。寝起きの相手にはちょうどいい」
魔人ヴィネが指を鳴らしたかと思うと、虚空から巨大な漆黒の剣が姿を現す。
剣を握った魔人ヴィネは、巨大な剣を軽々と振り回しながら、こっちに向かってきた。
「愛菜っ!」
「戎斗っ!?」
力いっぱいに愛菜を突き飛ばし、かろうじて魔人ヴィネが振り下ろした巨大な剣をかわすことができた。
こんな剣で斬られたら、肉片すら残らねぇ……。
「私が魔人ヴィネを止めます! 誰か、戒斗を連れてって!」
突き飛ばした愛菜は、すでに立ち上がって青白い光を放つ剣を抜き、魔人ヴィネに斬りかかっていた。
孤児院に居た時の物静かな愛菜とは全然違う……。
すげぇ……なんだあの剣技。本当に俺の知ってる愛菜か……。
「剣の極意とかいう神スキルをもつSランク探索者様なだけはある。あの魔人ヴィネと斬り結んでるぞ!」
「オレたちとは、実力が違いすぎる」
「瀧野! 脱出ポータルが開いたぞ!」
愛菜が魔人ヴィネの猛攻を凌いでいる間に、淡い光を放つ穴が浮かんでいた。
これで逃げられる……はず……。
チラリとポータル付近にいる俺のパーティーメンバーたちに視線を送る。
リーダーの岩田と目が合ったが、すぐに逸らされた。
「早く、戒斗を連れてって――」
「我が逃すと思うか!」
魔人ヴィネの手から黒い靄が生まれたかと思うと、周囲に魔物が大量に沸く。
「ひっ! 魔物が! オ、オレは先に行くぞ! じゃあな!」
「岩田さん! 待ってくださいよ! オレも行きます!」
「岩田さんも酒田さんも逃げ出したぞ! オレらだけ残ってもしょうがない。壁ミワ、すまんな!」
「お、おい! お前ら仲間を見捨てるのか!」
俺のパーティーメンバーが、開いた脱出ポータルの中に一目散に飛び込んでいった。
クソ……あいつら……こんな時でも自分たちが大事か……ちょっとでも期待した俺が馬鹿だったわ。
魔人ヴィネの呼び出した魔物によって、愛菜も細かい傷を負い始めていく。
先ほどから一転して、明らかに劣勢だった。
「瀧野! もう、限界だ! ポータルも閉まる!」
「でも、戒斗が――」
「我を前にして余所ごとをするな! 小娘!」
魔人ヴィネの巨大な拳が愛菜の身体をとらえた。
「きゃああああああああああああっ!」
「愛菜……っ!」
巨大な拳の一撃を受けた愛菜は地面を転がり、ポータルの付近まで吹き飛ばされてしまった。
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