偽り

堺透明

第1話 偽り

「きっつっ。」


 先が見えているが、登りたくないような階段を登る。 

「なんだよこの階段、一段が高いんだよ。」

文句を言いながら進む。

「まだあるのかよ、くっそ」

「・・・」

息が切れてきた。最後の段をみる。

『やっとここまで来た』

「よいしょと。」

最後の階段を登るとなんだか達成感があった。この先に目的地がある。


「やっとついた、ここだな。」

湿った手でしわくちゃによれたメモを見る。

『間違いない。ここだ。』

ネクタイを締め直めて気合いを入れる。チャイムの音が家の中から響き渡る。

「ごめんください。松山出版の朽木です。」

音声ホンから、音が鳴り女の声が聞こえてくる。

「はーい、少々お待ちください。」

ここにいるのは、ある情報を持っている奥さんだ。


 玄関から出てきたのは、すらっとして髪が腰くらいまである30代くらいの奥さんが出てきた。

「お世話になっております。改めまして、松山出版の朽木です。」

口角を上げて聞き取りやすい声で、話す。そして内ポケットから名刺を差し出す。

 奥さんは、不審な顔をして見ていた。

「どういったご用件でしょうか。」

右手で囁くようなポーズをとり少し小さめに声を出す。

「ここでは話ずらいのでもしよければ中に入ってもよろしいでしょうか。」

「はっ、は・・・い。」

トーンが下がる。奥さまからは不審な顔が解けないでいた。


「では、改めて中井の家の取材をさせていただきたくまいりました。」

「中井家ですか。」

奥様の表情が曇ったように見える。何か言おうとして言うのをやめたようだった。

「そうです、ご存知の通り中井家です。」

「なぜ中井家のことを知りたいんですか。」

まだ、奥さんの不信感は解けなかった。

「実は、作家の前田氏が中井家のことを詳しく知りたいようでして。」

「そうですか。あの小説家で有名な前田さんですか。・・・。わかりました。私の知る限りでよければどうぞ中にお入りください。」

奥さんは、快く承諾してくれてほっとした。


<前田氏は、いろんなことを綺麗に正しく暴く人である。

なので、信頼度が高い人物。ただ・・・。>


「よろしいですか、では失礼してお邪魔します。」

部屋にご案内してもらい奥さんは台所から帰ってきた。

「お茶と、こちら和菓子でございます。」

 奥さんも席に着く。

自分は、カバンの中からボイスレコーダーを取り出す。

「この会話を録音してもよろしいでしょうか。」

「はい」

録音を開始ボタンを押して、聴く姿勢を作る。


「では、早速中井家とはどういった家族だったのでしょうか。」

「中井家は、至って普通な家族でした。奥さんは、近所付き合いもちゃんとする方で旦那さんも毎日挨拶をくれました。子供も元気な子で、私の息子とも仲良くしてくれて悪印象がなかった家族でした。」

「では、何か不思議なことなどは、ありませんでしたか。」

「そうですね・・・。」

「・・・。」

奥さんは、思い出そうとしていたが何もないようだった。

「では、質問を変えます。普通とは言い難いことはありましたか。」

“普通”という言葉に引っかかったように思い出した。

「・・・。あっ、そういえば。奥さんがたまに外に出ては何かポストを確認しているのを見たことがあります。」

「ポストを確認していたと・・・では、事件があった日は。」

「ごめんなさいその日は、家族で私の方の実家に帰っていたので知りません。」

「ありがとうございます。」

奥さんは何かいいたげな表情になり、どうぞと手を差し出すと話だした。

「変ですよね。ニュースではあの家の持ち主が違う人のもので中井家が堂々と住んでいたなんておかしいと思って。同窓と住むなんてこと、あの家族からは感じませんでしたもの。」

「そこは変かもしれないですね。」

自分が、何かの棘に刺さったような感覚だった。

「あの気立てのいい奥さんが人を殺すなんて、誰から見てもあり得ないですよ。」

「そんなにいい人だったんですね。」

「はい。とてもいい人でした。」

「中井家の奥さんは、今も容疑を否認していてますがあなたはどう思いますか。」

「正直にいうと私も自信はありませんが、あの奥さんがやったとは考えられません。」

「その意見が聞けて良かったです。」

「えっ」

奥さんは、少し驚いたような顔をした。

「前田氏も同じ意見でした。」

「そうですか。それは良かったです。ニュースでは奥さんが殺したという意見が多かったのでそういう方がいてくれるだけで、私も無実を信じることができます。」

「では、これで取材を終わらせていただきます。お疲れ様でした。」

「ありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ。では、和菓子とお茶をいただいて失礼します。」

和菓子を大きくパクりと放り込んで、お茶をズズズッと飲み干した。

「ごちそうさまでした。では、お邪魔いたします。」

玄関で、挨拶をしてその家をあとにした。


 階段のところまで来て登った時の記憶がフラッシュバックしてくる。

「下は楽ちんだな。こりゃ。」

階段を見てニヤリと笑った。カバンを竹藪の中に捨てた。


そして、あるところに電話をかける。

「もしもし、ボス。やっぱりダメでした。こりゃもう、警察も気づいてますよ。」

「やっぱりなぁ。なら、早く帰ってこいよ。次の作戦で行くぞ。」

「了解、ボス。」

この男の名は、殺し屋“安藤ザク”。装いが得意で、殺し屋の企業“バス”にとって邪魔なものを排除する仕事を生業としている。


そう、中井家の旦那と子供を殺したのはこいつである。

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偽り 堺透明 @kasa123

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