第13話

「お待たせしました!」


 玄関から明るい声が聞こえる。


 村長の奥さんが、食材の入った籠を抱えて現れた。マティルダという名前で、灰色の髪を後ろでゆったりとまとめた、ふくよかな体型の人だ。


「あらやだ、本当に可愛らしい聖女様じゃないの!」


 リシェルの手を取り、にこやかに笑いかける。


「あ、ありがとうございます。でも、もう聖女ではないので……」


「そんなこと気にしない! 綺麗な瞳をしてるのねぇ」


 マティルダさんはリシェルを覗き込むように見たあと、肩を優しく叩き、それから俺の方を向いた。


「あらあら、あなたも遠慮しすぎよ。そんなに隅っこで固まってないで」


「いえ、その……申し訳ありません」


「あんた、アンデットだからって遠慮してるの?! ここじゃそういうの気にしなくていいのよ?」


 豪快な笑い声を上げながら、マティルダさんは籠から食材を取り出し始めた。野菜や調味料、それに干し肉まである。


「さあさあ、お腹が空いたら明るく笑えないわよ! 早速、料理を始めましょ!」


 リシェルは目を輝かせながら頷いた。が、その手つきはどこか心許ない。


「あの、私……料理をしたことが」


「さすが元聖女様、箱入り娘ってわけね。大丈夫よ、基本から教えてあげる」


 マティルダさんの指導のもと、リシェルは包丁を握った。


 が、野菜を切るその手つきは明らかにぎこちない。


「きゃっ!」


 人参を切ろうとして、包丁が滑る。幸い怪我はなかったが、リシェルの表情が曇った。


「最初から完璧な人なんていないんだから。はい、もう一回やってみましょ!」


 マティルダさんの励ましに、リシェルは少しずつ落ち着きを取り戻していく。


 俺は二人の料理風景を、少し離れた場所から眺めていた。


 聖女だったリシェルが、一生懸命に包丁を握る姿。それは今までに見たことのない、新しい表情だった。


「シュウさん、見ていてください! 上手く切れました!」


 リシェルが嬉しそうに切った野菜を見せてくる。大きさはバラバラだ。


「そ、そうだね。頑張ってるね」


「えへへ……。あっ!」


 今度は鍋の中から白い煙が立ち上る。どうやら野菜を炒めすぎたらしい。


「まあまあ、いい匂いじゃない! 料理は愛情があれば、多少焦げてたって美味しいのよ」


 マティルダさんが笑いながら、リシェルの手を取って火加減を教える。


 その光景を見ていると、なんだか胸が熱くなってきた。前世でもこんなほのぼのとした時間はなかったからだろうか。


 リシェルが一生懸命に作る料理の香りに包まれている。


「できました! ……たぶん」


 出来上がったのは、ちょっと焦げた野菜炒めと、微妙な色合いのスープ。


 完璧とは言えない出来栄えだが──。


「シュウさん、召し上がってください」


 リシェルが緊張した面持ちで、お椀を差し出してくる。




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