第12話

 村長に案内された空き家は、村はずれに建つ、小さな一軒家だった。


「しばらく使っていなかったから、少し埃っぽいが……」


 村長が扉を開けると、確かに埃は積もっているものの、さほど荒れた様子はない。


「わぁ……!」


 リシェルが目を輝かせながら中に入っていく。その仕草は、まるで宝物を見つけた子供のようだった。


「こんなに普通の家に住むの、初めてなんです!」


 そうか。彼女は幼い頃から教会で育てられてきたのか。こんな質素な家でも、彼女にとっては新鮮な体験なの

だろう。


 家の中は二部屋しかない。一つは二十畳ほどの広さで、質素な家具やテーブル、古びた一つのベッドが置かれていた。


 もう一つは台所を兼ねた四畳半程度の部屋。


「ベッドは……一つですか」


 思わず呟いてしまう。


村長は「ああ、これしかなくてのう」と申し訳なさそうに笑った。


「大丈夫です! 私、床でも寝られますから」


「いや、それは聖女に申し訳ない……」


 リシェルと目が合い、二人とも慌てて視線を逸らす。


 なんとも気恥ずかしい空気が流れた。


「まあまあ、そういう細かいことは後で考えればいい。とりあえず、家の様子を見て回るといいじゃろう」


 村長の言葉に救われ、俺たちは家の中を見て回ることにした。台所には古い流し台と簡素なコンロがある。棚には埃を被った茶碗が数枚。


「あの、料理は……私、頑張ってみます!」


 リシェルが意気込む。


 聖女として育った彼女に料理の経験があるとは思えないが、その健気な様子に何も言えない。


「そうそう、食材のことじゃが」


 村長が言葉を継ぐ。


「わしの家内が、少し分けてくれると言っておる。今日の晩飯くらいは何とかなるじゃろう」


 ありがたい申し出だ。でも、こんなに親切にされて大丈夫なのだろうか。


「本当にいいんですか? 俺たちなんかに……」


「なんかに、とは何じゃ?」


 村長が穏やかに諭すように言う。


「確かにお主はグール。彼女は追放された聖女。でも、そんなことは大した問題ではない。この村には、色んな事情を抱えた者が暮らしておる。お互いを思いやり、助け合って生きておるのじゃ」


 その言葉に、胸が熱くなる。


 ブラック企業で過労死し、ゾンビとして働かされ続けた俺。偽の聖女に陥れられ、追放されたリシェル。そんな俺たちを、この村は温かく受け入れようとしてくれている。


「ただし」


 村長が真面目な表情になる。


「自分の意志で選んだことには、責任を持ってくれよ。ここで暮らすと決めたなら、村の一員として共に生きていくということじゃ」


「はい!」


 リシェルが力強く頷く。その横顔を見ながら、俺も静かに頷いた。


「それと、家賃のことじゃが……」


「家賃……ですか?」


 確かに、お金の心配はあった。俺たちには何もない。


「畑仕事を手伝ってくれれば、それで構わん。収穫の一部も分けよう」


「本当ですか!?」


 思わず声が大きくなる。こんな好条件で、本当にいいのだろうか。


「タダ働きは嫌じゃろう?」


 村長がニヤリと笑う。


「私も、畑仕事、挑戦してみたいです!」


 リシェルが両手を軽く合わせる。聖女なのに畑仕事とは、なんとも不思議な取り合わせだ。


「よし、では今日はゆっくり休むといい。明日から、新しい生活の始まりじゃ」


 村長は藁帽子を軽く押さえ、家を後にした。


 残された俺たちは、しばらく無言で部屋の中を見つめていた。




-------


読んでいただき、ありがとうございます。


【フォローする】をお願いします!


【作品ページ】に戻ってもらって、【レビュー】の【★で称える】を三回押してもらえると喜びます。


X(Twitter)もはじめたので、フォローをお願いします。

https://x.com/sabazusi77

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る