第11話

 陽が沈む前、俺たちはようやく村の入り口に辿り着いた。質素な柵が立ち並び、その向こうには畑作業を片付けている村人の姿が見える。


「人里に来るのは、何年ぶりだろう……」


 ゾンビになってから、全く人と接触をしていなかった。グールとなった今では、自分の立ち位置がわからない。


「大丈夫ですよ」


 俺が不安そうな顔をしていたのだろう、リシェルが小さく頷きかける。


「でも俺、こんな見た目だし……」


 薄いグレーがかった肌。ところどころに縫合痕のような跡が残る体。誰が見ても、人間とは違う存在だとわかる。


「よそ者かい?」


 突然、声をかけられて振り返る。畑仕事をしていた村人が、クワを担いで近づいてきた。


身構えた俺とは裏腹に、村人は意外にも穏やかな様子だった。


「あ、はい。その……」


 どう説明したものか。口ごもる俺の横で、リシェルが一歩前に出る。


「旅の途中で、少し休ませていただきたくて」


「なるほどねぇ。じゃあ村長に会うといいよ。ちょうどあそこの家にいるはずだ」


 村人は笑顔で、大きな家を指差した。なんという寛容さだろう。予想していた警戒や拒絶はなく、ごく普通の対応だった。


 案内された家へ向かうと、ちょうど玄関先で白髪の老人が藁帽子を被り直していた。温厚そうな顔立ちで、年季の入ったローブを纏っている。


「おや、お主ら旅の途中かな?」


 やはり老人も、俺の異形の姿を気にする様子はない。


「はい。私はリシェルと申します。そして、こちらはシュウさん」


「わしは村長のエドワード。まあ、エドと呼んでくれていいよ」


 村長は頬髭をなでながら、俺たちの様子を見つめた。


「随分と疲れた様子じゃな。とりわけ、あなた……その物腰、貴族のような雰囲気を感じますが」


 リシェルが一瞬、息を呑む。お人好しの老人な風貌ではあるが、この村長は鋭い。


「実は……私、追放された、聖女なんです……」


 リシェルは正直に打ち明けた。村長の反応が気になって、思わず手に力が入る。


「ほう……聖女様が、追放とは。さぞ辛い思いをされたことでしょう」


「それに……私と一緒にいるシュウさんは、グールという種族で……。あの、大丈夫でしょうか……?」


 村長は目を細めて、じっと俺を眺めた。しばらくそうしていると、なにかに納得したように頷き、言った。


「それはまた珍しい。構わんですよ」


 村長の言葉に、俺は驚いて顔を上げた。


「人は見かけだけでは測れんよ。それにこの村は、ほら、魔物が出る洞窟が違いじゃろ。だから訳アリが集まる、『はぐれの村』なんじゃ。獣人、ドワーフ、エルフなども住んどる。滅多に顔を出さぬが魔族もな」


「本当に……いいんですか?」


「うむ。あんたらも訳アリなんじゃろ? もし良ければ、二人とも、しばらくうちの村に住んでみないかね?」


 思いもよらない言葉に、俺とリシェルは顔を見合わせた。


「住む、ですか……?」


「空き家が一軒あるんじゃ。以前そこに住んでいた若者が、都会へ出ていってのう。今は若い人手が欲しいところなんじゃ」


 村長は苦笑いを浮かべながら、「案内しようか?」と促してくれた。


「あ、あの……一軒家しかないんですか……? 二人で住むんですか?」


 俺が思わず口にすると、リシェルは小さくパタパタと手を振りながら頷いた。


「ぜひお願いします!」


 前のめりな彼女の一言で、断る理由が見つからなくなってしまう。


「さて、それじゃあ家を見に行こうかのう」


 村長に案内され、俺たちは向かった。




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