第3話

 その日、洞窟の奥で、大規模な魔石の鉱脈が見つかった。


「採掘を急げ! 上からの命令だ!」


 スケルトン兵長は普段以上に焦っていた。甲高い命令の声が、響き渡る。


 俺たちゾンビは普段の三倍のノルマを課せられた。魔石の採掘は通常の岩よりも難しく、道具は次々と壊れていく。


「この程度で音を上げるな! 動き続けろ! 貴様らに休みなどない!」


 兵長の叫び声が響く度に、ゾンビの体からボロボロと肉片が剥がれ落ちる。それでも俺たちは、黙々と掘り進める。今までと同じように──。


「ヴァ、ベァ……」


 俺の右腕が、肘の部分から外れかけた。一旦作業を止めて、なんとか元の位置に戻そうとする。


「何をしている! 止まるな!」


 背後から鋭い声が飛ぶ。振り返ると、スケルトン兵長が、鉄のムチを振りかざしていた。


「ウ、デ……、ガァ……」


「腕が外れたあ? 動きながら戻せ! 時間の無駄だ!」


 バシッという音と共に、背中に鋭い痛みが走る。ムチで叩かれた衝撃で、ついに右腕が完全に外れてしまった。


「その汚い手を拾え! さっさと作業に戻れ!」


 地面に転がった腕を拾おうとして屈んだ瞬間、今度は左脚の膝が折れた。バランスを崩して倒れ込む。


「こんな無様な真似を! 貴様、ゾンビのくせに手間を取らせおって!」


 容赦なく振るわれる鞭。ボロボロの作業着が、さらに裂けていく。


 その時、俺の視界の端に違和感があった。水たまりに映る自分の姿。腐った茶色い顔に、今まで見たことのない感情が浮かんでいる。


 それは──怒りだった。


「何を睨んでいる! 生前は騎士だった俺様に、その目は何だ!」


 また例の高笑いが響く。


「ヒャーハハハッ!」という声が、洞窟中に木霊する。


 前世の記憶が、不意に蘇った。ブラック企業での最期の瞬間。終わらないタスク。理不尽な締切。過労死。


 そして今──。


 死してなお、働き続けることを強要される日々。


 どこまで、どこまで働かされれば、気が済むんだ。


「動けぇ! 働けぇ! ゾンビに、休みなどいらんッ!」


 左脚も外れ、右腕も失ったまま。俺は這いつくばるように魔石に手を伸ばす。最後の一片の理性が、従順なゾンビを演じろと囁く。


 でも、もう限界だった。


「……ゴ、ロ、ズ……」


「ん? 何か言ったか、貴様?」


「ユ……ル、サ……ン……」


 俺は、左手だけで体を支えながら、ゆっくりと顔を上げた。


「なっ……!?」


 スケルトン兵長が一歩後ずさる。俺の目に何が映っていたのか、骸骨の表情からは読み取れない。けれど、明らかに動揺していた。


 這いずり寄る動きに、兵長は再び鞭を振り上げる。


「貴様、ゾンビ風情が……反抗でもするつもりか!?」


 鞭が振り下ろされる。だが今度は、俺の左手がそれを掴み取っていた。


「オレ、ヴァ……」


 鞭を握り締めたまま、膝から崩れ落ちた体を少しずつ起こしていく。


「ヴァアァァァァァァッ!」


 思いもよらない大声が、洞窟に響き渡った。


 スケルトン兵長の骸骨の顎が、カタカタと震えている。他のゾンビたちも、機械的な作業の手を止めて、こち

らを見つめていた。


 俺は、ついに──ブチ切れた。




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