コインランドリーのこころ
henopon
第1話
「故郷があるのはええことやで」
春瀬はワンルームマンションの一室でホームシックにかかっていた。香川県から大阪に出てきたときのキラキラした気持ちは、GWを終えてから一気に萎んでいた。課題、講義、見知らぬ人との会話、アルバイトなど押し寄せてくる波が心を抑え込んできた。
高校生の頃、勉強は嫌いではなかった。好きかと言われると、そうでもないが、成績が上がることが楽しい。もっと他に理由がある。勉強していると、誰とも話さなくていいし、存在を認めてもらえた。でも今は違う。学年で数人しか行けない大学なのに、いざ大阪へ来れば故郷の街以上に学生がいて、もはや特別ではなくなった気がした。というか特別ではない。
重い体を引きずるようにベッドから這い出して、ユニットバスで熱いお湯を浴びた。
春瀬はバスローブに着た。
「知ってる?バスローブてのは体を拭くためにあるんや。ちなみにユニットバスの使い方は知ってるの?」
「使い方なんてあるんですか」
「ナイロンのカーテンあるやん。あれバスタブの内に垂らして使うんやで」
知らなかったが、知らなかった様子を見せるのもムカつくので知ってるふりをした。
「バスローブ便利やで。髪乾かすときもバスローブ着てたら体も乾く」
「なるほど」
「そのまま寝ても大丈夫」
いやいや。
カビる。
川村との出会いは夕暮れも近いコインランドリーでのことだった。待っている間、春瀬はスマホを見ていたが、川村は本を読んでいた。何となくチラチラと春瀬が見ていると、それに気づいた川村が屈託なく話しかけてきた。
「何読んでるのか気になる?」
「すみません」
「謝らんでええやん。こころや」
「はい?」
「夏目漱石の。知らん?」
「読みました。去年」
「ということは高校生やな」
「大学生です」
「どこ?」
「K大です」
「おお。後輩よ。学部は?」
「文学部」
「ということは専攻はまだやな」
「文学部ですか」
「あのつく法学部や」
「あ法学部……」
どこ出身だと聞かれて、香川県だと答えるとお馴染みのうどんの話になるかと思いきや弘法大師の話になった。まさかの弘法大師と溜池の話になるとは。水族館の話もした。エクスカリバーみたいなビルの話もした。
「香川県て意外にゴージャスやんな。四国の名古屋みたいなところない?金比羅さんの資生堂パーラー行ったことある?」
「ないです。近くですけど」
「温泉街なん?だから肌がきれいなんやな」
春瀬は袖で腕を隠した。
「俺もピチピチやろ」
「はあ」
「龍神やねん」
「りゅーじん?」
春瀬は着替えて部屋を出た。鍵をかけ忘れたかもしれないと戻ると、オートロックだったことに気づいた。これはこれで鍵を忘れればどうなるんだという不安が増えた。
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