第4話 主人公との出会い
神授式から数日が過ぎた。あの日以降、積極的にリアや継母アビゲイルなど今まで辛辣な態度をとってしまった方や関わりのなかった方を中心に声をかけていった。
(まずはコミュニケーションの質よりも量!そんな時は前世の学校では『あいさつ週間』だったな)
とにかく先手での挨拶とお礼を伝えることを心がけている。
仕えてくれている方たちからは未だに驚きの目で見られたり、必要以上に相手を慌てさせてしまっている。
しかし、その中でもリアは少しずつ態度を軟化してくれている。
あの日見た、心奪われるような笑顔も何度か見る機会もあった。
やっぱりリアの恥ずかしそうに小さく笑う様は今まで見た何よりも綺麗で僕の方がドギマギしてしまう。
ダレン君から、お前の方が子どもじゃないか、と言われている気がしてドギマギした後は照れ隠しに思わず笑ってしまう。
その屋敷でのあいさつ週間を継続しながら、このマートル王国の首都である王都アベリアをリアとともに散策して回った。
原作知識のある僕の存在は明らかにイレギュラーである。その中でどう立ち回るべきなのか決めかねていたからだ。
『悪役貴族』というジョブや『追放』というスキルに関しても調べたくて、王立図書館にも行ってみたが、そんなものが記録された文献なんてどこにも見当たらなかった。
(転生の時に聞こえた声……たぶん神様だろうけど、これがお詫びとしての特典なら酷いじゃないか…………確かにダレン君のゲームでの役割にはぴったりだけど……)
そう考えて、再度教会にも足を運んでみた。
この大陸には聖王国、帝国、公国、そしてここマートル王国がある。その4カ国はどの国も同じ教えを信じている。そのため国家間の争いは現在は少ない。
しかし、各国の教会は異なった役割があり、異なった神様を祀っている。日本で神社ごとに祀られている神様が異なるようなものだろうか。
水神を祀り大陸の癒しと循環を象徴する聖王国、土神を祀り大陸の豊かさと安定を象徴する帝国、風神を祀り大陸の柔軟性と自由を象徴する公国、ここマートル王国では火神が祀られており、大陸のエネルギーと成長を象徴している。
マートル王国王都アベリアにある教会は一般的に火神教会とも言われており各国より巡礼者が訪れる。
水、風、土、火……この全ての調和が取れていることで大陸が平穏な時を過ごせるという教えだ。
教会ではその火の神様へも質問も恨み節も投げかけたが何の応答もなかった。
(うーん、どう過ごすべきか……主人公たちに降り掛かることが確定している悲劇は防ぎたいんだけど……)
もちろん『ざまぁ』なんてされたくないから原作通りには過ごす予定もない。
ただ、このまま何もしなくては教会や帝国の一部過激派、うらで暗躍する魔族により、このマートル王国、引いては世界は存亡の危機に陥る。
容量の制限のある古き良きRPGだ。ルートは一本道であり、世界が破滅するかそれを防ぐか、のみである。
(マルチエンディングでもなかったし、本筋を解決する以外の方法が思い浮かばないんだよなぁ)
「……動き出すまで後3年か…………」
ぽそりと呟いた僕の言葉に相手がリアが反応する。
「ダレン様は3年後に何か成さるご予定ですか?」
「あー、うん。3年後には色々と忙しくなりそうだなぁって思ってね」
「さすがです。先を見通す高い視座が素晴らしいです」
「えっ、どうしてそう思ったの?」
原作知識も未だに何も役立てていないのに、すでに転生のことが分かるくらい不自然だっかのかと居住まいを正す。
「私の今後を考えてのご指導など、中々できることではないと思います!」
なぜか目をキラキラと輝かせてリアが力強く言う。
「あ、そっちか。良かったー」
ここで懸命に生きてる人たちにここはゲームの世界ですよ、なんて教えたくもなかったからホッと胸を撫で下ろす。
(しっかし、確かに普通は中々できないよなぁ。丁寧に仕えてくれる人に何も考えずにただストレスをぶつけるなんて……)
今までのダレンの行いを思い返すと笑うしかない。
「今のようにダレン様は本来は笑顔が似合うお方です。それなのに心を鬼にしてまで私に厳しく指導して下さり……」
「あはは……恥ずかしいから、その話題はやめておこうか」
「恥ずかしいことなんてありません!さらに神授式後はヘンリー様へも伯爵家を継ぐ可能性を伝えて更なる高みへ導かれるなど、一人ひとりに合ったご指導は本当に素晴らしいです」
そう、弟ヘンリーはなぜかダレンが継ぐと信じて疑わないので、ヘンリーにはしっかりと父を見て勉強を継続するよう伝えている。
(僕はゲームの展開にならないよう動く必要があるしね。自由がなくて申し訳ないけど解決するまでは領地はヘンリーにお願いしたいなぁ)
表情を輝かせるリアが眩しくて目を逸らしていると、遠くから大きな声が聞こえてきた。
「ちょっと!お待ちよっ!ちょっと待ちなさい!!」
宿屋からふくよかな女性が顔を出して大きく叫んでいる。
あれは、と思って見ているとひとりの少年がこちらに走ってくる。
「手伝いならジョアンがやるって言ってたー!ボクは探検してくる!!」
少年は宿屋を振り向きながら大声で返事をしながらも止まる様子はなく跳ねるように走ってくる。全く前を見ずに全力疾走しており、危ないなと思うと案の定小さな女の子が少年の目の前に出てくる。
(ちょっ、お約束すぎるでしょ!)
——————ドンッ!!—————
「いててて、ごめんなさい。おれ前見てなくて」
「怪我はないから大丈夫だよ。君は?」
咄嗟に女の子の前に出て庇ったけど、想像以上にダレンの身体は頑丈だし瞬発力などの身体機能も高いようだ。
「ボクも怪我がないから大丈夫……あわわ、その格好は貴族様なんですねっ。すいませんっ!」
少年はダレンの高そうな服装を見て、慌てて頭を下げる。身分に差が少なかった前世の感覚だと実感が湧かないが、この状況は少年にとってあまり良くないようだ。
周囲を見ると、怪我の心配と自分が動けなかった歯痒さを抱えて複雑な表情のリアや青い顔で駆け寄ってくる宿屋の女性が見えた。
リアにアイコンタクトで大丈夫な旨を伝える。
「申し訳ございません。うちのバカがっ。よく言って聞かせますので……」
青い顔をした宿屋の女性は肩で息を切らせて頭を下げる。
「大丈夫ですよ、幸いお互い怪我はありませんでしたし。気にしないで下さい。でも、何であんなに急いでたの?」
少年に顔を向けて質問を投げかけるも女性が変わりに答える。よほど少年の行いに溜まるものがあるのだろう。
「うちの宿屋を手伝えっていつも言ってるんですけどね。いつも探検に行くって言って弟に押し付けて逃げ出すんですよ」
「違うよ!ジョアンは本当に宿屋がやりたいんだ。ボクが継ぎたいなんて言ったらジョアンは困るだろ……それに、ボクはさっきの貴族様みたいに誰かを助けられる冒険者になりたいんだ」
少年の想いを聞いた女性は困ったようにため息を吐くと少年に伝える。
「……分かった。そしたら、それを認めるよ。でも、あんたは…………。それに年に何センチも背が伸びたり体格が変わると防具も揃えてやれない。だから、せめて後3年後からにおしな」
その言葉を聞いて一気に表情を明るくした少年はその場で嬉しそうに飛び上がる。
(あぁ、戦闘終わりのアクションのまんまだな)
「君、名前は?」
「……ボクは……うーん……ルークって言うんだ!」
やっぱり、主人公の1人でありゲームでは僕が追放することになるルーク少年だ。
金色と爽やかな姿は物語開始前ということもあり記憶より中性的で幼いけれど見覚えがある。
それに流石は将来イケメンになる主人公、ぶつかった拍子に柑橘の良い匂いがした。
「こらっ!口の聞き方に気をつけなさい!申し訳ありません」
恐縮する女性の横でルークは気にしていないのか快活に聞いてくる。
「貴族様はお名前はなんて言うの?……ですか?」
その辿々しく丁寧語を使うわ様子に口元が緩みながら答える。
「ダレン・ウォーカーだよ。ルーク君、僕は今から3年間、冒険者として王国中を回る予定だ。3年後に君が冒険者として活動を始めたら、どこかで会う機会もあるかもしれない。そうしたら、誰かの助けとなれるよう共に頑張ろう」
ルークは元気に「はいっ!」と返事をしている。一方、隣の女性は余計に慌てている。
「ウォーカー様と言えば、商業都市プロスペリタスを含めた王国東側を広く収める大貴族様じゃないですか!伯爵様じゃないですか!」
慌てふためく女性に声をかけて、どうにか落ち着かせてから2人と別れる。話せば話すほど萎縮させてしまうし、宿屋ではルーク君の弟が帰りを待っているはずだ。
「ダレン様、先程は申し訳ありませんでした。私がダレン様の変わりに動くべきでした」
「いやいや、咄嗟のことだったし。勢いもあったからリアが怪我しらた大変だから大丈夫だよ」
「い、いえっ、ダレン様が怪我をする可能性がある方が問題です……ですが、ありがとうございます……」
リアは顔を赤くしてもじもじとする。白い肌が上気する様に思わず目を奪われてしまい、無理矢理に視線を外して会話を続ける。
「それより、ルーク君の態度を注意するタイミングを図ってたでしょ。気遣いありがとね」
「気付かれていたのですね。注意しようかと思っていましたが、ダレン様の表情や慈悲深いご性格から……素晴らしいお心をお持ちなので……意に反すると思いやめました。よろしかったでしょうか?」
リアはさらに顔を赤くする。よほど態度から思いがバレていたのが恥ずかしいのだろう。
それにしても数日でリアの中の評価が大きく変わってしまい、今更ながら厳しくしたことも意図があったという言い分は卑怯だったと申し訳なさを感じる。
「あはは、ありがとう。これからも街に出ることが増えるだろうから、今日と同じで多少は気にしなくて良いからね」
(それにしてもルーク君は元気だったな)
そこではたと気付く。
「……そうか!登場人物に全然合わないから失念してた!当たり前に3年前の主人公パーティが他にもいるじゃないか!」
「ダレン様?」
「あ、ごめん。気にしないで。3年後から忙しいって言ってたけど、今から出来ることがあった!」
自分の考えをまとめるためにリアにアウトプットしていく。
「リア、平民の子たちはルーク君みたいに自分の興味のある職業を選べるんだよね?」
「……はい。建前上はそうなってます。ほとんどの職業が家族で経営してるので、それを継ぐ必要がなく、さらに受け入れてくれるところがあるなど環境が整っている子であれば、というところです」
「(ゲームでも学校見たことないけど)この国の教育ってどうなってる?」
「…………はい、貴族階級は読み書きと算術は各家にて、貴族としての振る舞いは行儀見習いにて教えられますが……平民の方はごく簡単な読み書きは各家でやりますが、他は特別興味があったり、仕事に必要な場合のみですね。そこの家による差も大きく先程の職業を選ぶ際の障壁となるようです」
「僕の伝え方は一人ひとりに合わせてて良いってって言ってくれたよね?」
「はいっ!先程のルークさんもダレン様の優しさに触れて、今後冒険者として力を得ても他者のために使えることと思います!」
あるじゃないか。今でも出来ること。
いるじゃないか。今でも手助けできる子が。
ルーク君は望んで冒険者になるけど、魔族に復讐を誓う後の大魔導師ハンナや孤児院の子どもの生活を楯にとられて奴隷のように使われている聖女クレア、兄に両親を殺害された帝国皇女グレース……彼女らは自らの意思で冒険者を選んだわけじゃない。
子どもが自分の夢を追えないなんて、元教員としては見逃せない。
助けを必要とする子はもちろん他にもいっぱいいるだろうけど、これから確実に悲劇に見舞われる子を見過ごすわけにはいかない。
グレースは南部の砂漠を越えて接する帝国皇女。確か両親は本編開始頃までに兄の入手した毒によって徐々に体調を崩していく。まだ少し猶予があるか。
ハンナは西の公国との国境にある大森林付近の村に住む、魔族に家族が襲われるのは確か本編開始1年前……つまり2年後。
クレアは聖女として教会に取り立てられる前も孤児院育ち。確か幼い頃に東の聖王国から一家で流れてきて悲劇に見舞われてクレアのみ孤児院に拾われ助かった。そしてその孤児院があるのは……東の商業都市プロスペリタスから数個離れた場所にある町。
つまり、そこはまだうちのウォーカー領のはずだ。
「ありがとう!やりたいことがはっきりしてきたよ!」
突然の大声に目をパチクリさせるリアに構わず続ける。
「やっぱり子どもの未来を守りたい!
伝えられたリアは意図が分からず目を白黒させながらも、ダレン様のすることならばその道に間違いはないと思います、と笑顔で肯定してくれた。
※※※
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