第3話 雪解けの兆し

 王都にある屋敷に戻ると出迎えてくれたリアに手が空いたら自室に来るように伝える。


 そのまま廊下を歩くとリアは後ろからついてくるようだ。



「あー、リア……今すぐでなくて良いよ。手が空いたらきて」


「はい……ですが……頼りないとは思いますが、私はダレン様の専属です。御召し替えもありますので、お部屋までお供いたします」


「あっ!頼りないとかじゃないよ!……そしたらお願いします」


「っ!……はい!」


 ダレンの記憶も習慣も、しっかりと身体が覚えている。専属侍女であるリアは当然ついて来てくれるのも、着替えを手伝ってくれるのも。でもやはり前世の記憶から着替え一つで手伝ってもらうことに抵抗がある。


 なかなか慣れることはできないだろうし、当分は違和感を感じさせてしまうことだろう。



 両親や慕ってくれている弟はダレンの優秀な面も多く見ており、態度が軟化しても神授式で自覚が出たと、さして気にしないだろう。そもそも人格が違う世界の人間と入れ替わるなんて発想は思いつかない。


 問題は辛辣な態度をとってしまっていた仕えてくれる家人たち、特に専属侍女であるリアだ。

 

 もちろんこれまでのダレンのようにキツく当たるつもりはない。変化による混乱を与えてしまうだろうが、少しずつでも受け入れてもらい良好な関係を築いていきたい。



ダレン君こどもの尻拭いもおとなの役割だね)




 自室に戻り、リアの淹れてくれた紅茶を飲む。紅茶の嗜む習慣はなかったが、良い茶葉の味わいをしっかりと引き出すリアの淹れ方が優れていたことが自然と分かる。


 先ほど子ども扱いした本体ダレンの意趣返しだろうか。僕は思わず苦笑した。

 その苦笑を見てリアは不安になる。


「お口に合わなかったでしょうか。今淹れ直します」


「や、そんなことはないよ。とても美味しいよ、ありがとう」


「っ!……ありがとうございます。ご指導頂いたおかげです」


 転生してから今までの僅かな関わりで、もう何度目かのリアの息をのむ仕草だろうか。余程、今まで普通の接し方をしてこなかったんだろう。



『何回も茶葉を無駄にするな。どうしてこんな味になるんだ』

『言わなくても分かるだろ。早く淹れろよ』

『何回言ったら出来るようになるんだよ』



……紅茶にまつわることを思い出しただけで目を覆いたくなるような思い出が沢山出てくる。

 ただ、その厳しすぎる接し方のせいもあってかリアは同年代の侍女よりも明らかに優秀のようだ。



 いや、ダレン君のおかげとするのは違うな。この子のリアの素直さ、真面目さによるところなんだろう、と立ったまま脇に控えるリアをちらりと見て思う。



(こんな若くて優秀な子が自信を持てないのは良くないよね)


 何とか今までの経験も無駄だと思わずに自信をつけてもらえれば、と願いを込めてリアに声をかける。


「リア、少し話したいんだ。座って一緒に紅茶を飲んでくれない?」

 

 そう言いながら読書机から椅子を持ってきてソファーの斜め90度に置く。流石に今の状態で同じソファーで横に座らせるのは気の毒だし、対面では萎縮してしまうのは目に見えている。


 あっ、うぇっと慌てふためいた声を出してオロオロしていたが、やがてガチガチに緊張した様子で椅子に座る。



「今回、得たジョブとスキルは『聖騎士』と『盾術』だったんだ」


 これは両親にも神官にも伝えている。『悪役貴族』や『追放』に関してはダレンの知識にもなかったため黙っている。

 神授式で与えられるジョブもスキルも一人一つと決まっているらしく、『悪役貴族』や『追放』なんて訳の分からないもののために混乱を招くのを防ぐためだ。


 また、ジョブとスキルは本来申告の義務はないが、申告しないことで叛意などあらぬ疑いをかけられてしまうため申告が暗黙の了解となっている。

 素直に伝えることで得意分野で名をあげやすくなるメリットもあるらしい。

 


 リアは話の流れが読めず、真剣な顔でこちらを見つめている。あまりに綺麗なヘーゼルの瞳に少しドギマギしながらも話を続ける。


「リアも今年中に神授式を受けるんでしょ?」


「はい。数ヶ月もすると15になります。その前後で受ける予定となってます」


 リアも専属の侍女として仕えてくれているが行儀見習いとしてきている男爵家の3女である。

 貴族の特権というか義務である神授式を受ける必要がある。



 リアのように領地も持たない貴族の3女ともなると、神授式で与えられるジョブやスキルが大きな意味を持つ。


 ジョブやスキルというのは、この世界の住人からすると一種のチートのようなものと捉えられている。


 それを持って国家に謀反を起こさないよう、平民へ下る際には、一部神官のみ使える『忘却式』という記憶や経験があやふやになりスキルが使えなくなるものを受けねばならない。



 当然、そのようなものは普通は受けないし受けさせない。


 多くの下級貴族の子息たちは上位貴族へ仕えるための勉強をしつつ、神授式にて有用なスキルやジョブを与えられることを願っている。


 ゲームでのダレンは『ざまぁ』される時には廃嫡されていたので、余程のことをして忘却式を受けさせられたのだろう。



(ゲームではジョブも自由だったし、スキルも得手不得手あっても、時間をかければ何でも使えたのになぁ)



 例えばゲーム内では闇魔術師になれば闇魔法のスキルは自然と使え、ある一定のスキルレベルになれば街にある魔法ショップで威力の高い魔法を覚えられる。


 この世界ではジョブやスキルで闇魔法を得ないと使えないようだ。当然、魔法ショップも存在せずに魔法への密かな憧れはダレンの記憶を探っただけで早くも散ってしまった。

 


(主人公たちが冒険に出て、巨悪を討つためのゲーム仕様の設定なんだろうな。誰でも最強魔法撃てたら主人公でなくても良いし、街の秩序も何もなくなるよね……やっぱり分厚い設定資料集とか同名小説を読んでないと知識が活かせないや……)



 貴族はジョブやスキルを知り、ある種職業選択の自由はなく、それらを国や領地、領民のために活用する。その代わりに様々なところで優遇され、権力を持つ。


 その反面、平民は自由に職業を選択でき、人によっては自分の『好き』を追求することも可能である。その代わりに領地に対して税を払う必要がある。



 平民が神授式を受けられないのは本当に平民はスキルは使えずゲーム内の主人公たちだけの特典だったのか……。


 もしくは、実際は平民もスキルを得られるが、得手不得手が分かり効率よく力を蓄えることでの反乱を恐れて制限しているだけなのか……。


 はたまた、与えられたジョブやスキルにのみ囚われてしまう、ある種のディストピアのようになることを防ぐためか……。



「……ン様、ダレン様!大丈夫ですか?」 


「…………あ、ごめんごめん、少し考え事をしていたよ」


 ダレン君の知識を引っ張り出しながら話す手前、どうしても考える時間が長くなってしまう。恥ずかしくて思わず笑ってしまう。


「ジョブ、スキルを得た後は決まっているの?」


「……いえ、それらを活かしてどこかの家にお役立て出来ればとは思ってるんですが……」

 

 ここで国内でも有力な伯爵家であり、ダレンも跡を継ぐ可能性のあるウォーカー家へ仕えたいと言えない程にはダレンから気持ちが離れているんだろう。



「リアの淹れてくれる紅茶、本当に美味しいし、本当に気遣いもしっかり出来る。ほら、今朝転んじゃった階段だって、帰ってきたときは何かあれば支えられる位置で上ってくれたよね。リアが当たり前にしている細かい気遣いにいつもいつも助けられてるよ」


……ダレンの記憶を探っても、本当によくしてくれているのが分かる。何でこんな良い子にキツく当たっていたのか。


「だから、どこに出してもリアなら問題はない。リアが望むなら他家へも良い待遇で雇って貰えるよう紹介するよ。今までキツく当たり過ぎてごめんなさい」


「……っ!謝らないで下さい!……そのために今まで……ありがとう、ございます……」


「僕はリアの神授式が終わったら、自分のスキルやジョブを活かすためにヘンリーの神授式までの3年間程度は冒険者として大陸中を回るからさ。それまでに今後の希望をゆっくり考えておいてよ」


「……はい、お心遣いをありがとうございます」


 今までキツく当たってしまっていた理由をそれとなく後付けで伝えてしまった。

 卑怯な気もしたけど、今までの経験や苦労が無駄に感じない方法のはずだ。



 その後、なぜか涙ぐむリアを座らせたまま紅茶を淹れてみた。リアは自分がやると慌てたが座っていることを命令として指示した。


 見よう見まねで淹れた紅茶は同じ茶葉とは思えない味がして「やっぱりリアのが良いな」と言うと、ふふっと初めて笑顔を僅かに見せてくれた。



 その小さな笑顔はリアの可愛らしさを引き立てていて、僕は思わず目を奪われたんだ。





※※※

6/2 3/4

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